「まず、三年前にあったことから順を追って話すぞ?」
ガレスタシアへ向けての道中、シーザーはウォーリッヒに約束通り過去三年の出来事を話して聞かせた。
「まず、三年前にあった大きな物事つったら『レドガリア国王暗殺未遂事件』だな」
「あ、知ってる。当時体調を患っていた国王を宰相が亡き者にしようとしたやつでしょ?」
そう、三年前に起こった『レドガリア国王暗殺未遂事件』。
この事件は世界を揺るがすほどの大事件だった。
現国王、バルト・レドガリアを宰相が殺そうとした事件である。
といっても宰相が国王を殺そうとしたわけではない。
とある魔法使いによって操られた宰相が国王を殺しかけたのだ。
その魔法使いとは”背徳魔法使い”と呼ばれる、禁忌を犯した(または犯そうとする)魔法使いであった。
名をジーク・ド・アルバス。背徳魔法使いとして魔法界から追放される前までの地位は『五大聖者』。
魔道王に匹敵するほどと謳われた、魔法使いの中でも頂点に近い位置にいた者。
そんな人物がガレスタシア国の王を殺そうとした。
そしてこの暗殺未遂事件が大事件だと呼ばれる理由は二つ。
一つ目はこのジーク・ド・アルバスが関わっていた為。
二つ目は『王』を殺そうとしたこと。
何故ジーク・ド・アルバスが関わってるのが問題かというと、彼があまりにも魔法使いとして有名で力があったからだ。
彼の名前は魔法使いだけに止まらず、一般の徒人達にさえも知っている名であったのだ。
そんな有名人が『王』を殺そうとした。
人々が驚愕、そして恐怖に震えるのを止められない理由がそれだった。
そして何故『王』を殺そうとしたことが人々を震撼させる理由になったのかというと、この世界にとっての『王』という存在が持っている意味にある。
東・西・南・北・北東・東南・南西・北西のそれぞれの方角に位置する大国。
その国の国王を始めその一族は、代々”英雄”の血を引いている。
八つの大国と八人の英雄。
それが意味することを知らぬものは、赤子を除いてはこの世界に存在しない。
遥か太古にその悪名を轟かせた邪神ヴァスタローテ。人々が生み出した暴君。
そのヴァスタローテを世界の中心に封じ込んだのが八人の英雄。
彼らはそれぞれ国を興し、大国を築き上げた。
その大国が、今”八大国”と呼ばれるその国なのである。
そしてその国の王になる者は代々その英雄の血を受け継いでいる。
それと同時に、邪神を封じた神具も継承するのだ。
神具の継承条件は神具に”認めてもらう”こと。
神具はその不思議な力によって確立した意思を持っている。そしてその意思を持った神具が各々の判断基準で主たる者を選び取る。
だが、どの神具においても最低基準というものがある。その最低基準が”その神具の持ち主であった英雄の血を引いていること”である。
つまりは『王』と名乗れるのも、神具を継承できるのも、英雄の血を引いているその一族のみなのである。
そしてジーク・ド・アルバスはその神具を継承している王を殺そうとした。その狙いは『神具の強奪』
その意味するところ、世界の秩序と安寧の崩壊。
故にこの世界に住む者たちは恐れるのだ。
事実、この事件の後には他の八大国で神具を継承している者達の警戒が、今までになく強くなった。
「まぁ、これは大事だったからな。流石に知ってたか・・・・・・」
「そりゃあ知ってて当然だよ。僕、丁度その頃にガレスタシアにいたんだし」
「はぁ?!マジかよ;;お前も運がないというか、タイミングが悪いというか・・・・・・・・」
「そっちもかなり大変だったんじゃない?なんせ背徳の魔法使いが殺そうとしたのは国王だけじゃなかったんだし・・・・・・」
「・・・・・・なんでお前がそれを知っている?」
ウォーリッヒの言葉を聞いたシーザーはそれまで浮かべていた笑みを消し、幼い魔法使いを鋭い眼光で睨みつける。
それもそのはず。ジーク・ド・アルバスが殺そうとしたのは国王だと世間一般では言われている。
しかし実際は彼の英雄の血を引く一族の者、全員が殺されそうになった。そのことを知っているのはレドガリア一族と当時彼らの護衛に当たった騎士・魔法使いのみである。
それ以外で知っている者は、魔術師の塔の五大聖者くらいのものだ。
ほんの一握りの者しか知っていない事実をしっている子供。しかも魔法使い。その事実を知っているほんの一握りの人物、シーザーが警戒しないわけがないのだ。
「ウォーリッヒ。お前・・・・・・何者だ?」
「ん?あぁ・・・・警戒してるんだね。僕がどうして知っているはずのない事実を知っているのか、そこが疑問なんだよね?」
「あぁ・・・・・あの事実を知っている魔法使いは、ガレスタシア国の上位に位置する魔法使いと五大聖者だけだ。なんでお前が知ってるんだ?」
シーザーから、徐々に殺気にも似た鋭い気が発せられ始める。
シーザーとウォーリッヒが立っているその空間だけ、氷の壁に囲まれたような凍てついた気で覆われる。
一体何事か?!と彼らの後に従っていた部下達は困惑する。
尊敬してやまない上司と命を救ってくれた少年魔法使い。
つい今しがたまで仲良く談笑していたのに、突如として凍りついた空気。
あまりにも急すぎる展開に、ただ戸惑うばかりだ。
「答えろ。お前はやつの・・・・・・ジーク・ド・アルバスの手の者か?」
詰問するシーザー。
そんなシーザーを無表情に見つめるウォーリッヒ。
ピリピリと肌をひりつかせるような痛い空気が二人の間に立ち込める。
とうとう実力行使に出ようと、シーザーが剣の柄に手を伸ばそうとした瞬間――――。
「はぁ・・・・・勝手に勘違いしないでよ?確かに僕は世界の99.9%の人達が知っていないような事実を知っているけど、僕は”背徳者”の仲間じゃないから。僕、さっき言わなかった?『丁度その頃にガレスタシアにいた』って。僕もいたんだよ、あの場に・・・・・・」
「・・・・・・お前みたいな子供がか?」
ウォーリッヒの言葉を聞いたシーザーは、胡散臭そうに相手を睥睨する。
ウォーリッヒはそんなシーザーの視線を真っ向から受け止める。
「なんと言われようが、僕は確かにあの場にいた。それだけは覆らない事実」
「事実つったってなぁ・・・・・その言葉を証明できる確固たる証拠はあるのか?」
「証人がいる」
「名前を言ってみろ。知らない名前の奴だったら遠慮なくぶった斬らせて貰うからな!」
いつでも抜刀できる体勢を整えつつ、シーザーは忠告した。
ウォーリッヒはそんなシーザーに、肩を軽く竦めて返答する。
「大丈夫だと思うよ?シーザーさんもよぉ〜く知ってる人物だから」
「だったら勿体ぶらずにさっさと言えっ!!」
「シャン・レドガリア」
「・・・・・は?今なんて・・・・・・・・」
ウォーリッヒの口から紡がれた単語に、シーザーは無意識に思考を停止させた。
今、聞いた言葉は幻聴だったのだろうか?
思わずそう思っていたい位にありえない名前が聞こえた。
だって、その名は―――――。
「だ〜か〜ら〜!シャン・レドガリア!!貴方達の国の皇・子・様」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「はぁ〜〜〜っ?!!」
たっぷりと沈黙を保った後、シーザーはとてつもなく大きな声で叫んでいた。
シャン・レドガリア。
言わずとも知れたガレスタシア国第一皇子、その人の名であった。
「シャン。つい先ほど、国境付近に赤霧の盗賊団討伐に当たっていた騎士団から報せが来た」
つい数時間前に届いた報告書の束を持って城内の渡り廊下を歩いていた黒髪の青年は、庭先に金色の人物を見つけて歩み寄った。
何種類もの花々が咲き誇り、綺麗に刈られた芝。細かい計算の下に植えられた木々。
隅々まで手入れの行き届いた王城内の庭園で、金髪碧眼の美青年と黒髪藍眼の美青年が対峙する。
「へぇ〜。なんて言ってきてるんだい?ラディアス」」
「『賊の捕縛に失敗。しかし、その数を半数以下に減らすことに成功』」
「は?あいつが失敗したのかい??珍しいこともあるもんだね・・・・・」
「そうだな。なんでも、向こうの頭と派手な魔法合戦をしたらしいんだが、隙をついて逃げ出されたそうだ。資料、見るか?」
ラディアスと呼ばれた黒髪の青年は、手の中にある報告書をひらひらと揺らして見せながら尋ねた。
それに金髪のシャンと呼ばれた青年は、軽く手を振って答えた。
「くっくっくっ!いいや、跡でじっくりと見させてもらうことにする。でも、シーザーらしいねぇ。魔法合戦か・・・・お前も面白いと思うだろ、なぁ?」
シャンはいつの間にやら抱きかかえていた、茶金の毛並みに濃い金色の瞳をした猫に話しかける。
「おい、その猫は一体なんだ?」
「ん?伝言役だよ。神具を届けに2・3日したら伺いに来るってさ」
「その猫、使い魔か・・・・・・」
伝言役と聞いて、ラディアスは納得したように呟く。
ラディアスの言葉を肯定するかのように「ニャア」と金色の猫は鳴いた。
「そう見たいだね。あ、この猫の他にも赤銅色の毛並みに金眼の犬もいるよ?」
「・・・・・・・何故かとっても見知った人物が思い出されるのだが・・・・・・」
シャンの付け足されるように言われた言葉に、ラディアスは思い当たる人物を脳裏に浮かべる。
銀色の幻が眼の端を掠めた。
シャンもそれがわかったのか、肯定の意味を兼ねて笑顔で頷く。
「ふふっ、正解。彼からだよ。今こっちに向かってるって」
「・・・・・・それはいつの話だ」
「二日前、かな?」
「・・・・・・・・・・・」
「もうそろそろ着く頃だね」
二日前。後2・3日で到着するというのなら、もうすでに着いているか明日には到着するということになる。
「シャン・・・・・・・」
「なんだい?」
「お前、わざと黙っていただろう?」
「嫌だなぁ・・・・私がそんな意地悪、するわけがないだろう?」
じと眼で睨んでくるラディアスに、シャンはひっじょうに爽やかな笑みを向ける。
そりゃもう、背景がキラキラと輝くオプション付で。
わざとだ。絶対にわざと知らせなかったな!!
ラディアスはどこか確信めいた言葉を、内心大声で叫んだ。
そんなラディアスの表情を見て、シャンはクスリと笑った。
「ラディアス、全部表情に出てるから」
「お前が底意地が悪いせいだろ?!」
「君があまりにも苛め甲斐があるせいだよ?底意地が悪いなんて心外な・・・・・・・」
「人の所為にするなっ!この腹黒皇子が!!!」
「最っ高な褒め言葉だね」
ギッと睨みつけてくるラディアスに、シャン・レドガリア・・・・・・・・ガレスタシア国第一皇子は、そう言って素敵な笑顔をその顔に浮かべた。
この遣り取りの後、ラディアスが胃薬を必要としたことは言わずもがなであった――――――。
2006/6/18 |