2.赤霧の盗賊団U








ガンスに”頭”と呼ばれた―――腕組みをしてこちらの様子を見ている青年。
少し不揃いな髪は濃い青色で、肩につくかつかないか位の長さ。瞳はオリーブ色だ。額に巻かれた布の端が風で揺れている。
腰には長さの違う二つの剣が帯びられている。
その青年に気づいたガンスは、片手を上げて軽く挨拶をする。


「よう!頭。何でこんなとこにいるんだ?ゲイルの奴が報告しに行ったと思うんだが」

「あぁ、来たぞ。たった今、その報告も終わったところだ」

「―――で?何でこんなところにいるんだ?しかも立ち聞き・・・・・・・」

「まぁ、細かいことは気にするな。ゲイルの報告を聞いてな、確かに怪しいと言えば怪しいが・・・・・・まっ!こんな状況だしな、さっさと開放してやれと言いに来たんだが・・・・・・」


頭と呼ばれた青年は言葉を途中で濁し、ガンスの後ろにいるウォーリッヒを見る。
珍しいものでも見るかのように、まじまじとウォーリッヒを観察する。
ウォーリッヒはその視線を不快と感じたのか、眉を微かに寄せた。
そんなウォーリッヒの反応に気づいてか、気づかないでか、若き頭は口の端を持ち上げて笑った。


「なかなかにおもしろい展開になってるな・・・・・・つーわけで、もう少し付き合ってもらうぞ?銀髪君」


腕を組み、不敵な表情で彼はそう言った。
それに慌てたのはウォーリッヒではなく、ガンスだった。


「おい!アキレス。何、話をメンドーな方向に持っていこうとしてるんだよ!!」

「俺に対する態度が崩れてるぞ、ガンス。・・・・・そんなことより、お前らしくないな」

「は?」


頭にタメ口を利いたことはあまり問題ないらしい。
砕けた態度で接された頭は、さして気にした様子もなく話を続ける。


「そいつ、何も拘束されてないだろ?抵抗されなかったからよかったものの、今持ってる剣でバッサリやられたらどうするんだ?俺の右腕ならそんな簡単なことは見落とさないはずだが・・・・・・・」

もう老化現象が始まってるのか?

頭はガンスにちゃかすような態度で問い掛ける。
しかし、ガンスを見つめる眼は厳しさを孕んだ輝きを放っている。
問い掛けられたガンスは、そこで漸くウォーリッヒが何も拘束されていないことに気づく。と同時に愕然とした表情になる。


「なっ・・・・・・・・」

「ん?あぁ、だいじょーぶ!そんな不意討ちみたいな真似しないって。第一、盗賊団のど真ん中でそんな無謀なことはしないよ」


勢いよく向き直り、何も拘束されていない様を見て唖然としているガンスに、ウォーリッヒは肩を竦めてそう意見を述べる。
そんなウォーリッヒの言葉を頭―――アキレスはおもしろそうに聞いている。
品定めをするような、相手の本質を見極めようとするような視線をウォーリッヒに向けてくる。

そんなアキレスの様子にウォーリッヒは、

(さすがは盗賊団の頭・・・・・・なかなか一筋縄ではいかないね)

と内心呟いていた。
先程まで話していたガンスも食えない男ではあったが、この頭はなかなかに出来た人物らしい。

ウォーリッヒがそうこう考え込んでいる間に、ガンスが目の前にまでやってきた。


「ウォーリッヒ、悪いが拘束させてもらうぞ」

「・・・・・・今更にするかな?それ」

「一応だ、一応!お前、抵抗しなさそうだけどそうも言ってらんねーし・・・・・」

「わかってるって。そもそもゲイルさんだっけ?あの人がそうしとくの忘れたのが悪いんじゃないかと思うんだけど」


縄で縛られながらウォーリッヒはそう言った。
それにガンスは何ともいえない顔をする。


「まぁ、そう言えばそうなんだが・・・・・俺が気づかなかったってのも問題なんだぞ?」

「なんで?」

「俺、こう見えてもあいつの片腕っつーか、補佐っつーか、そんなもんなんだよ。んで、そんな奴が怪しい奴の野放し状態に気づかないのは流石にまずいってこと」

「あぁ、さっき右腕っていってたもんね。でも、右腕って言われてる位なんだから腕っ節の強さも相当なんでしょ?あんまりそんな細かいこと、関係なさそー」

「いや、そういうこととも違うくて・・・・・・・;;」


ウォーリッヒとの会話で脱力するガンス。
それにアキレスは笑いを殺しきれずに喉の奥で笑う。


「くっくっくっ!・・・・・ガンス、なかなか息の合った漫才だな。お前にお笑いの才能があるとは知らなかった・・・・・・」

「笑うな!誰もやりたくってこんな漫才じみた会話をしてるんじゃないんだぞ?」

「悪い。だが、俺とはそんな会話はしてくれないだろう?」

「お前の場合は言わずとも、言いたいことは大概伝わるだろうが」

「以心伝心、ってか?」

「似たようなもんだろ」

「確かに」


そう言ってアキレスは、またおかしそうに笑う。
ガンスはただ疲れたように溜息を吐く。


「えーと、改めて質問させてもらうけど・・・・・・僕ってどうなるの?」

「あ、そうだよな・・・・・どうするんだ?アキレス」

「んー?どうしようか??」

「どうしようかって・・・・・お前が言い出したことだろう?」


肝心のこの後については、彼は何も考えてなかったらしい。
こてんと首を傾げて逆にガンスに聞き返す。
そんなアキレスの反応に、ガンス、ウォーリッヒ共にずっこける。


「いや、その場のノリっていうか、おもしろごと見たさっていうか・・・・・・」

「あ?ふん縛った後に言っちゃあなんだが・・・・・だったらさっさと解放してやれよ」

「残念だ。もう少しお前の珍しい反応を堪能したかったのだが・・・・・・・」

「おい!・・・・・・」

「か、頭ぁ〜!!!」


ウォーリッヒの問い掛けに、解放するかどうか話し合っていた二人の下に手下の一人が駆けてやってきた。
手下の慌てた様子に、今まで軽口を叩き合ってたアキレス、ガンスは表情を引き締める。
そんな彼らの様子を、ウォーリッヒは静かに見ていた。


「どうした?話せ」

「は、はい!ガレスタシア国の奴らがここに向かってきています!!」

「おいおい。こっちに向かってきてるって・・・・・・いくら国境付近だっつっても、ここはオルイユルグスだぜ?勝手に国境越えてきていいのかよ・・・・・・・・・」


無茶するねぇ、あっちも。
予想外だった行動にガンスは肩を竦める。


「ちっ!どいつかは知らねーが、つけられたな・・・・・・すぐにここから移動する!他の奴らにもそう伝えろ!!」

「はいっ!!!」

「ガンス、俺達も行くぞ!」

「はいよ」


のんびりとしている暇がないとわかったアキレスは、舌打ちをしつつ指揮をとるために駆け出す。
その後をガンスが追いかける。

一方、縄で拘束されたウォーリッヒはというと・・・・・・・・。


「この状態で放置していくかな普通・・・・・。てか、もう存在自体忘れ去られたりしてる?」


そのまま置いてきぼりをくらわされていた。
皆一箇所に集まっているのか、辺りに人の気配は全く無い。
ウォーリッヒの呟きも空しく響き、余韻も残さず消え失せる。

すると、バサリという羽音と共にウォーリッヒの肩に一羽の白い鷲が舞い降りる。
今まで近くの木に止まって様子を窺っていたウォーリッヒの使い魔―――レジルだ。


「主・・・・・・」

「やぁ、レジル。さっきの話だけど・・・・・・本当?」

「はい、本当のことです。すぐそこにまでやって来ております」


レジルの言葉を裏付けるかのようにすぐ近く―――アキレス達が走り去った方向で大きな爆音が響いた。
爆音に驚いて近くの木々に止まっていた鳥達が一斉に飛び立つ。
その様子にレジルは眼を眇める。

しかし、口を開いたのは別の人物。
今までどこかに姿を消していたルートスである。

「人間ってのは自分勝手だよなぁ。木々や森に住んでる動物達にはいい迷惑だな」

「僕もそう思うよルートス。ただの人間にはこの地に宿る精霊達の悲鳴は聞こえないだろうね」

「つーか、魔法使いだからってあいつらの声が聞こえるとは限らない。逆に聞こえる奴の方が絶対少ないって」


そう、いくら魔法使いとはいえ、精霊達と会話が出来る者はそうそういない。
こればかりは修行などを行って身につくものではなく、先天的なもの・・・・・つまりは才能なのだ。
そういう意味ではウォーリッヒはとても稀有な存在であるといえる。


「まぁ、そんなことはどうでもいいや。この縄さっさと解いて、様子見に行こうか」

「問題ごとに自ら首を突っ込むことはあれほど控えてくださいといつも申し上げていますが?」

「いいから、いいから。・・・・・”焼”!!」


ウォーリッヒの掛け声と共に、縄の結び目が燃え上がる。
一歩間違えれば術者本人が怪我を負いかねない方法で、ウォーリッヒは縄から抜け出す。
それを見ていたルートスは感嘆の声を出す。


「すげーな。詠唱なしで術を発動できるのか」

「そう?初歩的な術だったら、詠唱を破棄してすぐに術を発動できるし・・・・・割と簡単だし、時間のロスも少なくていいとは思うけど、驚くほどのことじゃないよ?」


ルートスの言葉に、ウォーリッヒは軽く肩を竦めてさも簡単そう答える。


「いや、そう思うのお前くらいだから・・・・・・・;;」

「そうですよ主・・・・・・」


詠唱というのは魔法の構成にあたって、とても重要なのだ。
どんな魔法にするか。それの具体的イメージをしっかりと固定するために言葉を使うのが詠唱である。
詠唱の他にも図形―――魔法陣を使った方法もあるのだが、そっちの方は時間と手間が掛かるので、詠唱よりも使う人は少ない。


「そんな細かいこと、一々気にしないの!!ほら!早く行こう?」

「はいはい。全く、どうしようもない主様ですね」

「俺はまた暫く姿を消してるからな」


急かすウォーリッヒに、二人は「仕方ないな・・・・・・・」と溜息を吐く。
先頭をきって歩いていくウォーリッヒの後を追う。



三人(二人と一羽)の行く先は土埃舞う戦場―――――――。











2006/3/8