「ふぃ〜、終わったぁ〜♪」
儀式のために着ていた正装から、元の旅装へと着替えたウォーリッヒは『う〜ん』と思いっきり伸びをした。
その際、『バキッ!ボキボキッ!!』など景気のいい音がしたことは敢えて無視する。
これだから正装は・・・・・と、溜息を吐きたくなるが今更な話なので内心に止めておく。
「まったく、嫌になっちゃうな〜。これじゃあ四十肩になってもおかしくないって」
いや、あんたまだ十代だろうが。
「ご苦労だったな、ウォール」
ふいに聞こえてきた声に背後を振り返ると、そこには片腕に果物を抱えたラディアスが佇んでいた。
ラディアスは手に持っていた果物の内の一つをウォーリッヒへと放る。
ウォーリッヒはそれを難なく受け止めた。
「どうしたの、これ?」
「ん?厨房の人から貰った。何か最近見つかった新種のやつらしいから、食ったら感想をくれだとさ」
「え〜。それって・・・・毒見?」
「味見だろ、味見!変な言い方をするな」
「は〜い。まぁ、見た目は至って普通だしね」
ウォーリッヒは手の中にある果物へと視線を落とす。
縦長の球形で、色は薄桃色の果物。
実の色は齧ってみないとわからないが、甘酸っぱい芳香が鼻腔をくすぐり不味くはなさそうだ。
ウォーリッヒは早速果物に齧りつく。
普通にそこら辺の果物と変わりない。
違うところといえば、舌に残らないすっきりとした後味であることか。
中の実の色は薄黄色。
うん、至ってふっつーの果物だ。なんだつまんないの。
一体何を期待していたのかは知らないが、普通に食べれる果物だとわかると、ウォーリッヒは手にある果物をさっさと食べ終えた。
「どうだ?結構食べやすいだろ?お前べたべたに甘いのは嫌いだったから、これだったら食いやすいと思ったんだが」
「うん。さっぱりとした味だから食べやすかったよ。・・・・しかし、よく僕の味の好みなんて覚えてたねぇ。柴犬が土佐犬に勝っちゃった位の意外さかな?」
「なんだその微妙な比較は。何だかその言い方だとガヴェルト団長に似てるぞ?」
「えっへっへ〜♪ちょっと真似てみました☆」
嫌そうな、何とも言えない微妙な表情を作って、ラディアスは顔を顰める。
暫くの間、他愛もない会話を二人は交わしていたが、ふと何かを思い当たったようにラディアスが瞬きをした。
それに目聡く気がついたウォーリッヒは、会話を中断してラディアスに問い掛けた。
「ん?どうかしたの??」
「いや、すっかり忘れるところだった。お前の所に来たのは何も旧交を温めようとしただけじゃない。俺の用件はこれだ」
ラディアスはそう言って懐から細作りの銀の腕輪を二つ取り出した。
「これを返すのが当初の目的だ」
「何それ?それだと僕との昔語りはついでみたいじゃない。・・・・・まぁ、預かっててくれてありがとう。流石にあの儀式でこれをつけてままやるわけにはいかなかったからねぇ・・・・・・・・」
ウォーリッヒはそう言うとラディアスから腕輪を受け取り、左右それぞれの腕に通した。
そう、この腕輪は実は『継承の儀』を始める間際に、ウォーリッヒがラディアスへと投げ寄越したものだった。
それを預かっていたラディアスは早々に返した方がいいだろうと判断して、こうして儀式を終えたウォーリッヒの下を訪れていたのだ。
「・・・・ところでその腕輪、依然見たものと違うな。それに耳のカフスも・・・・・また上がったのか?魔力・・・・・・」
「あ、わかった?そうなんだよね〜。ほら、僕って成長期だし?底が見えるどころかどんどん深くて見えなくなる感じ?ほんと制御に困るんだよ〜」
ウォーリッヒはへらりと笑いながら細作りの腕輪へと視線を落とす。
そう。この腕輪、実は魔道具の一種である。
そしてウォーリッヒが装着している腕輪とカフスは、装着した人の魔力を抑制する働きを持っているのだ。
魔道具には形や効力、その用途など様々な種類が存在するのであるが、ウォーリッヒの持っているそれが腕輪やカフスであり、魔力抑制の効果を保持しているのである。
ちなみに、魔力抑制の効果はその装着者の魔力を半分以下に落とすことが可能である。
したがって、そんな抑制装置(?)をつけている今のウォーリッヒは本来の魔力の半分の半分の半分・・・・・まぁ、早いところ8分の1の魔力しか通常では扱うことができないことになる。
それでほいほいと難易度の高い魔法を扱うことができるのだから、最早ウォーリッヒは化け物じみた膨大な魔力を保持しているといっていい。
そんな現実に直面したラディアスは痛みを訴えるこめかみを揉み解し、深くは突っ込まないように努める。
その標準よりも細身な体のどこにそんな無尽蔵にも等しい魔力が秘められているのか教えて欲しいものだ。
「・・・とか何とか言って、自分で抑えるのが面倒臭いからそういった道具に頼ってるだけだろ?それこそお前が本気を出せば自由自在に扱えること、俺は知ってるんだぞ?」
「え〜、魔力が膨大にあるのも考えものだよ?制御し辛いし、量の加減を間違えると下級魔法でも中級の強力なやつ位の破壊力を出しちゃうしさ。いや〜、最初の頃は苦労したね!ほんと」
「・・・・あぁ、そういえばそうだったな。薪に火をつけるつもりで放った魔法が危うくそこらいったいの建物を黒焦げにしそうになったりとか、暗闇で灯りを点けるために行った魔法で危うく他人の目を潰しそうになったこととか、草刈で手を抜いて魔法で済まそうとして山一つ分丸裸にしそうになったこととか・・・・・それはもう、色々あったよな・・・・・・・・」
過去のウォーリッヒが行った所業を思い出し、ラディアスはどこか遠くへと視線をやる。
そんなラディアスを他所に、ウォーリッヒはからからと笑い転げる。
「あはははっ!そういえばそんなこともあったね〜。ほんとーにあの頃は若かったね、僕」
「今でも十分に若いだろーが!・・・・じゃなくて、笑い事じゃない!!お前が起こした数々の問題事の尻拭いをやらされるのはいつも俺だったんだぞ?!いい迷惑この上なかったぞ!!!」
そう、常に何事かは問題を起こすウォーリッヒと共にいることが多かったラディアスは、必ずといっていいほど彼の起こした問題事の後始末を手伝わされていたのだ。
無関係であるはずなのに共に後始末を手伝わされる羽目になって、一体何度理不尽さを噛み締めたことか・・・・・最初の数回で数えることを止めてしまったのは記憶に鮮明に残っている。
そしてそんな問題事が起きる時に限って、ウォーリッヒは魔力抑制のための魔道具を装着し忘れていたのだった。
お蔭でウォーリッヒがきちんと抑制効果の魔道具を装備しているか確認するのがラディアスの日課になってしまったくらいだ、かなり切実とした問題だったのだろう。
「ごめんね〜?でも、あの頃は本当にどうしようもなかったんだってば!ここ数年になって漸く器が追いついてきてるって感じだし・・・・・・・」
「その割りに魔力の量も増えていたら本末転倒だな」
「大丈夫だって!抑制するための魔道具だって二個から三個に増やしたし、杖だって使わないようにしてるんだよ?滅多なことじゃあ大係りな魔法なんて使わないって!!」
「は?!おまっ・・・・杖も使わないでっていう方が不味くないか?あれだって一種の制御効果はあるだろうが!」
二個から三個に魔道具が増えたことは取り敢えず聞き流すとして、魔法を扱う際に杖を使わないということは聞き流せない。
杖というものは、魔法使いにとっては欠かすことのできない道具である。
杖には大まかに分けて二つの役割がある。
一つが魔法構成の補助である。
術者の持っている魔力を魔法に転換させやすくするための役割だ。
魔法というのは魔力という力の塊をある一定の定まった形へと作り上げることを指す。
杖というのはその作業の補助を行う役割があり、例えば炎の玉を魔法で作り出そうとするときにはその形を作り出しやすくなる。
これを杖なしでやると己の創造力のみで魔法を作り出さなければならなくなる。となると魔法の威力はおろか、その形さえも正規の(杖を使用した)魔法より劣ってしまう。
そしてもう一つの役割が先ほどラディアスが言ったように魔力の制御効果。
制御と表現すると語弊があるが、要に言ってしまえば安定剤だろうか?
魔法を構成するにあたって必要な分だけの魔力を引き出す役割もあるのだ。多くもなく少なくもなく、その魔法の規模に見合うだけの魔力を自動的に引き出してくれる。何ともお手軽な機能だ。
以上の理由から、魔法使いたちは魔法を扱う際には必ず杖を用いる。
余談ではあるが、実は杖といっても大きく二つに分類される。
一般的な木で作られた杖か、『フォームレス』という特殊且つ貴重な素材で作られた杖かである。
前者は文字通りどんな魔法使い達でも持つ一般的な杖である。
後者はそれでこそ余程地位の高い者か、とても秀でた魔法使いしか持つことのできない杖である。
更に『フォームレス』で作られた杖について説明しよう。
この素材は極めて純度の高い鉱物で、魔力などの透過性も抜群だ。従って魔力の循環もとても効率が良く、魔法の構成速度もかなり上昇する魔法使いにとってはとても魅力的な物である。
それこそ一般的な杖など目ではない。
更に不思議なことに『フォームレス』は文字通り無形を意味し、その持ち主によって形・大きさ・色など様々に変化する。謂わば持ち主の心を映し、形どる生きた鉱物なのである。
持ち主の心の在りようによっては美しくもなるし、醜い形の杖ともなる。酷く特殊なものである。
しかしそれ故に希少価値も高く、入手が極めて困難である。
まず、この鉱物の在り処が限定されている。
『狭間の洞窟』という所にしかこの鉱物は存在しない。しかもこの洞窟、余程の手だれでない限り生きて戻って来ることができない。廃人か死人か・・・・・・つまりその鉱物を手に入れることが出来た人物以外の者達はその二つの選択しかない。
もっと言ってしまえば、これが一番難解な問題であるが、鉱物自身が持ち主を選ぶのである。
持ち主として相応しくないと判断すればその秘めた力を発揮しないし、下手をすると力を殺がれかねない。逆に相応しいと判断すれば、その持ち主の力を何倍にも増幅させる末恐ろしい鉱物なのである。
実際、『フォームレス』の杖を持っている魔法使いなど50人にも満たないだろう。
まぁ、そんな話はさておき、上記の長ったらしい説明からもわかるように杖は魔法使いにとってそれはもう重要な物である。
なんせあのシーザーでさえ杖の代わりになる物を持っている。
どうして代わりになる物かというと、シーザーは確かに魔法を使えるが魔法使いではない。騎士だ。
よって魔法使いなど副業である。つまりは魔法の使用頻度も魔法使いに比べたら少ない。
その癖あの邪魔になるような鬱陶しい杖なんぞ常に持ち歩くなどという手間はかけたくもないと思うのは当然。
故に杖と同様な効果を持った魔道具やら何やらでそれを補うのだ。
シーザーの場合は剣の持ち手の部分に嵌め込まれた宝珠が杖の役割を果たす。
これならば常に持ち歩けるし、必要時にいくらでも魔法が扱える。
・・・・・・とまぁ、魔法使い崩れでもそんなんなので、上級魔道士であるウォーリッヒが杖を使わないで魔法を扱うなどとんでもない話なのである。
そんなラディアスの考えが読めたウォーリッヒは、肩を軽く竦めて答えた。
「確かに。杖には制御効果もあるけど増幅効果だってあるでしょ?それじゃあねぇ・・・・・だから最初から扱い辛いけど威力の劣る方法をとってるわけ。まっ!どっちの方法にしても僕にとっては面倒の一言に尽きるけどね」
あんたの魔法はどんだけ強力なんですか?
「はぁ・・・・もう勝手にしろ。ただし、必要なときには必ず杖を使えよ?」
とうとう諦めちゃったよ。
「くすくすっ!わかってるよ。心配性だなぁ、ラディは・・・・・」
「誰の所為だ!誰の!!」
「え〜、それって僕だって言いたいわけ?」
「それしか心当たりはないだろう?」
ラディアスはじと目でウォーリッヒを睨み付ける。
「酷いなぁ・・・・・ま、本当のことだし、仕方ないか」
「とうとう認めやがったな?」
「開き直ったって言ってよ」
「どっちにしろ意味は似たり寄ったりだろうが?」
「・・・・それもそうだね」
上記の会話を真顔で話していた二人は、どちらからともなく噴出し、くつくつと楽しげに笑った。
「そう言えば・・・・・改めて言うとしようか。―――久しぶりだな、ウォーリッヒ」
「え〜、今更それ言う?まぁ・・・・・・・久しぶり、ラディ?」
そうしてまた二人は笑い合った。
四年ぶりの邂逅を遂げた二人の夜は、こうして穏やかに更けていった―――――――。
2006/8/25 |