〜1.迷子の魔法使い〜







青々とした葉っぱが生い茂る木々が、果てしなく立ち並んでいる森の中。

雲一つなく晴れ渡っている青空がぽっかりと覗く開けた場所で、空を仰ぎ見ながら立ち尽くす影が一つあった。


「う〜ん、困ったなぁ・・・・・・・・・」


さして困っている様子もなさそうな、間延びした声でその人物は呟いた。

間の抜けた顔で空を眺めている人物。
年の頃は10代半ばから後半位。空を映している瞳は紫がかった蒼―――瑠璃色で、陽光を弾いてキラキラと輝いている髪の毛は透けるような銀色だ。
風でゆるく揺れている髪の毛の隙間から覗く耳には、銀細工のカフスと紅い石のついたイヤリングが飾られている。
全体的に紺色のフードで覆われているので服装などはよく分からないが、その年齢にしては少し体の線が細いようだ。身長は標準位か、少し低い位だ。


「―――――迷った」


ぽつりと呟かれた言葉だが、その声には切実な響きが込められている。
はぁ〜と溜息を吐き、空を見上げることを止める。
下を向く拍子に後頭部の高い位置で結われた髪がさらりと揺れた。
どうやらずっと上を向いていたので、首が疲れてしまったらしい。


「ウォーリッヒ、お前が考えなしに森の中を突っ切ろうとしたからだろーが・・・・・・」


少年とは別の、些か呆れの含んだ声が少年の耳に届く。


「だって、この森を通った方がガレスタシア国に早く着けるんだし・・・・・・・まさか迷うとは思ってなかったんだよ」


ウォーリッヒと呼ばれた少年は少し不機嫌そうに答えた。そして視線を自分の斜め後ろへと向ける。
視線を向けた先には何もない。少し奥に鬱蒼と茂る木々が見えるだけだ。

――――と、ふいに何も無いはずの空間が歪み、そこに赤銅色の髪に琥珀色の瞳を持った一人の青年が現れる。


「あのなぁ・・・・・・・・・。お前とは初めてする旅だからいつもがどうとか言えるわけじゃないが、道のないところを突っ切ればそりゃ道に迷うだろ?」

「え〜?ガレスタシアに行く時はいつもあの道を通ってるんだけどなぁ・・・・・・どこで間違ったんだろ?ルートスはどう思う??」


何も無い空間から突然現れた青年に驚く様子もなく、自分の失敗にさも不思議そうに首を傾げ逆に意見を求めるウォーリッヒ。
そんなウォーリッヒを赤銅色の髪の青年―――ルートスは彼の問い掛けには答えずに胡乱気に見ている。


「俺は間違ったことよりも、あんな獣道を通って迷わないことに驚きだな」

「そう?一度覚えれば大丈夫だと思うんだけどな・・・・・・・・・」

「いや。それ、きっとお前だけだと思うし・・・・・・・」


どこか呆けているような返事を返すウォーリッヒにルートスはつっこみじみた意見を返す。
ルートスは自分の返答を聞き流し、未だ唸っているウォーリッヒを視界から追い出し、空を見上げる。
見上げた空に一つの黒い点が見え、それが段々こちらへと近づいてくる。


「おい、間抜け。・・・・・どうやらお使いが帰ってきたぞ」

「ん?あ、本当だ。・・・・・・・って誰が間抜けだ!」

「え?誰って・・・・・お前しかいないだろう?」

「失礼なこと言ってくれるねぇ・・・・・・・・・」

「そこで否定はしないんだな?」

「うるさい!/////」


流石に道に迷ったことは自分でも間抜けに思ったらしく、呆れ顔で見てくる青年の顔をじと目で睨む位で止まっている。

そうこうしている間に、空から降りてくる影は段々はっきりとした形を見せる。


「主・・・・・・・」

「ん・・・・・・ご苦労だったねレジル」

「なんの。主に礼を言われるほどのことではない」

「そんな固いこと言わない!―――で、どうだった?」


ウォーリッヒ達の下に舞い降りたのは一羽の白い鷲。
しかし、一見鷲に見えるこの生き物は実は鷲ではない。

魔界に生きる魔物―――魔獣だ。

今はウォーリッヒに仕える使い魔だ。
使い魔とは、魔法使いの召喚術によって魔界から呼び出された魔物が、その魔法使いとの契約によって使役されるもののことを指す。

さて、ここでおわかりになった人もいるだろう。
そう、ウォーリッヒは魔法使いなのだ。
こんな呆けた人が魔法使いになれるのか?という疑問は伏せてもらいたい。


「はい、この場所はいつも使っていた道より西に800mほど離れた所にあります」

「う〜ん、結構それちゃたな・・・・・・まぁ、東に向かって800m歩けば元の道に戻るんだよね?」

「そうです。・・・・・・・あの、主?」

「ん?何??」


突然言い辛そうに話す自分の使い魔に、ウォーリッヒは怪訝そうに聞き返す。
鷲の姿をした僕はしばらく逡巡した後、おもむろに口を開いた。


「とても申し上げ辛いのですが・・・・・・このままこの道を進むには得策と言えません。引き返して別の道を行った方がいいかと・・・・・・・・・」

「――――?どうして??」

「3kmほど先・・・・・・とガレスタシア国の国境付近で何物かが争っているようです」

「誰が?」

「ガレスタシア国の騎士団と――――相手の方まではよくは・・・・・・・・申し訳ありません」


レジルはそこまで報告すると、申し訳なさそうに謝った。
ウォーリッヒもそのことはよくわかっているのか特に責めはせず、一つ頷いて返す。


「いいよ、気にしないで。・・・・・で、規模ってどの位?」

「左程大きいものではないようです。恐らくはガレスタシア国に不法侵入でもしようとした賊徒が警備の者に見つかり、応援に駆けつけた騎士団の者とドンパチってとこだと思います」

「ふーん、騎士団が駆けつける程の賊徒か・・・・・ここら辺だと”赤霧の盗賊団”かな?実力・規模共にあるのはあそこ位しか思い当たらない」

「赤霧の盗賊団?」


今まで静かに二人の会話を聞いていたルートスは、初めて疑問の声を上げる。


「”赤霧の盗賊団”ここら辺の盗賊団では一番有名だね。普通、盗賊は盗んでしまえばそれで終わり。たまに例外もあるけど基本的には殺しはやらない。盗みはスピード勝負だからね。―――けど、この盗賊団は違う。盗み終わった後は娯楽目的で人を殺す。その場にいた人全員、一人残らずね」

「ひでぇ話だな」

「まぁね。で、それが小さな村や町の規模で行われてるからさ、国を挙げてそいつらの殲滅を図ってるんだけどね・・・・・・・・」

「なんだ?巧くいってないのか??」


ふいに口を噤んだウォーリッヒを見て、ルートスはそう判断する。
それにウォーリッヒも頷いて肯定する。


「そうみたいだね。なんせ盗賊団の頭がかなり頭の切れる人物みたいで、盗みに入る経路、盗む時間、人を殺す時間から警備の人達が駆けつけるまでの時間、逃走経路まで綿密に計画が練られているみたい。これには国の参謀も舌を巻いたみたい」

「へぇ〜?すげえなそいつ」

「しかもただ頭が切れるだけではなく、その強さも人一倍あるみたいですよ?」

「うん?どういうことレジル?」

「一般人ならともかくとして、駆けつけた自警団小一隊をその頭が一人でバッサリと瞬殺したらしいです」

「うわ〜、本当?というかそんな話どこから仕入れてくるの??」


自分よりもより詳しく知っている使い魔に感心しつつ、ニュースソースを聞いてみる。
問い掛けられた使い魔も、別段隠すことなく答えた。


「そこら辺にいる鳥達からです。鳥はお喋りですし、情報網は恐ろしく広いですからね」

「鳥だけど鳥じゃないってのは結構便利なんだね?レジル!!」

「おぉ〜!鳥すげぇ―――!!」

「何ですかその微妙な表現は・・・・・・まぁ、間違っていませんけど」


主の言葉を聞いてレジルはその金の瞳を眇めたが、間違った表現はしていないので良しとした。


「まぁ、話はここまでってことで・・・・・・そろそろ出発するよ?」

「へ〜い。で?戻るんだろ??」

「はぁ?まさか!ガレスタシア国はすぐそこなんだからこのまま行くよ」

「――――って、今行くのはまずいんじゃないのか?その”赤霧の盗賊団”ってのとガレスタシアの騎士団がやり合ってるんだろ??」

「まぁね。でもやり合ってる場所ってこの森を抜けた先の所でしょ?あそこより少し南に行った所は崖になってるからその下を通っていけば大丈夫だと思うよ」

「だと思うって・・・・・・」

「いいから、いいから!あんまり文句を言うと置いてくからね!!行こう、レジル」


ウォーリッヒはそう言うとさっさと森の中に入っていってしまった。


「なっ!?お、おい!置いてくなよウォーリッヒ!!!」


森の中に消えたウォーリッヒをルートスは慌てて追った。



彼らは果して無事にガレスタシア国に着くことができるのだろうか―――――?












「シーザー隊長!!!」

「おぅ!どうしたハンズ?」


シーザーと呼ばれた男は、隊長と呼ばれるには些か若い人物だ。
赤銅色の髪は綺麗に刈り込まれ、鋭い眼光を放つ瞳は灰色。目尻から顎にかけてついている傷が彼の顔をより精悍なものにしている。年の頃は20代前半から半ば位。
ガレスタシア国騎士団団長とは彼のことである。
彼は”赤霧の盗賊団”の不穏な動きを察知し、防衛の為にこの国境へ少数精鋭でやって来ていたのだ。


「”赤霧の盗賊団”の半数以上は討伐することができました。残りの者達は不利とみて一時撤退するもようです。・・・・・・・・どうしますか?」


シーザーにハンズと呼ばれた焦げ茶色の髪に緑色の瞳をした青年が状況報告をする。
指示を仰がれたシーザーは数秒の間考え込み、すぐに決断した。


「よし、それなら逃走した奴等の後をつけてあいつらの頭ごと、とっ捕まえてやろーじゃねーの!!」

「わかりました!すぐに数名、後を追わせます」

「おぅ、頼むぞ。・・・・・・俺達もすぐに出るぞ、準備しろ!!」

「「「はい!!」」」


シーザーの号令に、ハンズを含む全ての部下達が威勢のいい返事を返した。



猟犬は野に放たれ、獲物を追い詰める―――――。













木々が立ち並び、右も左も前も後ろも木に囲まれている中にウォーリッヒ達はいた。


「あれ〜?おかしいなぁ・・・・・・・・」

「おかしいなぁ・・・・・・・・じゃねーだろうが!!ったく、一度ならず二度までも何迷ってるんだよ。崖どころか開けた所にも出ねーじゃねーか!」

「そんなこと言われても・・・・・・・方角はあってるんだよね?レジル」


またもや道に迷ってしまったウォーリッヒ達はとにかく前に進んでいた。
ルートスに怒鳴られたウォーリッヒは、自分の肩にとまっているレジルに方角を確認する。


「・・・・・はい、間違いなく方角はこっちです」

「だよねぇ・・・・・・・おかしいなぁ、もうすぐのはずなんだけど・・・・・・・・・・・・・・って、あっ!!」

「あん?どうかしたのかウォーリッヒ??」

「出口!――――ほらっ、あそこ。森があそこで途切れてる!!」


そう言いながらウォーリッヒが指差した先には、確かに森の終わりが見えた。
それを見て使い魔はほっと微かに安堵し、赤銅色の髪の青年はやっとかよ・・・・・と疲れたような溜息を吐いた。
出口を見つけた銀髪の少年は嬉しそうに出口に向かって駆けて行く。
その後姿を見送る青年はやれやれと肩を竦めた。


「出口も見つかったことだし?俺は少し休ませてもらう」

「はい。後は私が見ていますので・・・・・・ありがとうございます」

「別にぃ?きちんと運んでもらわないと困るのはこっちだし?持ちつ持たれつ、だな」


レジルは自分が周囲の様子を見てくる間、ウォーリッヒを見守るようルートスに頼んでいたのだった。
ルートスも頼まれたからというわけではないのだが、退屈なのは確かであったのでウォーリッヒの話し相手を務めていたのだ。


「んなことはどうでもいいから――――あいつ行っちまうぞ?」

「そうですね・・・・・・・では後ほど」

「あぁ・・・・・・」


ルートスに丁寧に挨拶をし、レジルはウォーリッヒの後を追った。
ルートスはそれを見届けた後、ウォーリッヒの前に現れたのと同じように忽然とその姿を消した。














「やぁ―――っっと出られたぁ〜〜ぁぁ・・・・・・・・・・


漸く森を抜けることができたウォーリッヒは嬉しさのあまりに叫んだが、あることに気づいたためその叫び声も後半は掠れて最後には途絶えた。

目の前の光景。筋肉隆々、極悪人面の男達が集って何やら話し合いをしていたらしい。
していたらしいというのは、今現在、その男達は話し合うのをやめた男達全員の視線がこちらに集まっているからだ。
漸く森を抜けることができるということで、辺りへの注意を怠ってしまったらしい。

突然現れた子ども(しかもかなりの大声を出して)を怪しく思わないはずがない。
男達の中の一人が、このような所で見かけるはずのない子どもに歩み寄る。


「おい、ガキ。こんなところで何をしていやがる?」

「何って・・・・・・漸く森を抜けられたことに嬉しさのあまりに叫んでた?」


男の質問にウォーリッヒは今の現状をありのままに答えた。しかも何故か語尾が疑問系。

(((まんまじゃねーかっっ!!!)))

ウォーリッヒの回答に、男達は内心そろってつっこみを入れる。
問い掛けた男にいたっては、ずっこけるというリアクションまでしている。


「―――って、んなことはわかってんだよ!俺はここで何をしていたかと聞いてんだよ!!」

「え?・・・・・・あぁっ!!」

「やっとわかったか・・・・・・」


漸く理解したかと男は気を取り直して聞く体制をとる。


「えっと、森を歩いてて・・・・・・・・」

「歩いてて?」

「途中で道を見失って・・・・・・・」

「道を見失って?」

「とにかく南に向かって歩いたら・・・・・・・」

「歩いたら?」

「ここに出た」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」

「・・・・・・・・・・・」

「「「―――って、迷子じゃねーかっ!!!」」」


これには男達全員がつっこみの声を上げてしまった。しかも息ピッタリ☆
質問した男にいたってはとうとう撃沈してしまった。


「違うよ。ガレスタシア国に行くために近道をしようと森を歩いてたら、前方の方が何やら騒がしかったから少し南側にある崖の下を通ろうとしたらここに出ただけだよ」

「「「それを早く言えよっっ!!!!」」」


もう完全にウォーリッヒのペースだ。

(おもしろいなぁ〜。これだから人をからかうのをやめられないんだよ)

などと考えながら、ウォーリッヒが内心笑みを浮かべていたのを男達は知らない。


「くそっ!なめたことぬかしやがって!!!」

「いや、誰もなめてないから」

「うるせぇっ!とにかくこんなところにガキがいること自体怪しい・・・・・てめぇ、密偵か何かだろう!?」

「えっ!違うよ!!言いがかりも甚だしいな・・・・・」


さも迷惑そうな顔をするウォーリッヒに男は怒鳴りつける。


「黙れ!・・・・とにかく、一緒にきてもらうぞ」

「え〜」

「おい、どうする気だ?」


一人話を進めていく男に、他の仲間が疑問の声を上げる。
声に出して聞いてきたのは一人だが、他の者達も思っていることは皆一緒のようだ。


「頭のところに連れて行く。頭だったら適切な判断を下してくれるだろう?」

「何?他人任せ??」

「うるさい!仮にお前の話が本当だとしても、怪しまれるようなまねをしたことと、そのよく回る口を悔やむんだな」

「たまたま大声出しただけで何もしてないじゃん!」

「いいから大人しくついてこい!!運が良ければ無事にガレスタシア国に行けるだろうよ」

「運が良ければぁ?」

「・・・・・もう黙っててくれ(泣)」


そうして男はウォーリッヒを取り押さえて拘束し、アジトへと向かった。
捕まったウォーリッヒ本人はというと、この状況を楽しんでいた。
忘れられがちだが彼は魔法使いだ。
それこそ魔法の一つや二つ使ってこの場から逃げ出すことなど、彼にとっては朝飯前なのだ。
それが大人しく捕まっているということはつまり――――わざと捕まったのだ。

(さて、悪名高い”赤霧の盗賊団”はどの程度楽しませてくれるかな?)

銀髪の魔法使いは誰にも気づかれないように笑みを浮かべた。
それは悪戯を思いついた子どもの笑みだった。


その様子を金色の瞳をした鷲が見ていたことに男達は気づかなかった。
全てを見届けた鷲は枝から飛び立つ。
彼の主を追うために―――――。












2006/2/14