〜2.赤霧の盗賊団T〜










「おら!さっさと歩け!!」

「そんなに急かさないでよ。そもそもおじさん達とは歩幅が違うんだからそこのところを考慮してよね」

「だぁーっ!本当に口の減らない奴だな。可愛げのカケラもねぇ・・・・・・・」

「そうだね。おじさん受けのする可愛げなんていらないと思う」

「あーそうかよっ!!!」


”赤霧の盗賊団”の下っ端(ウォーリッヒ的見解)に捕まったウォーリッヒは、彼らのアジトに向かっていた。
鬱蒼と生い茂った森に沿って歩いていくと、丁度崖下の道に出た。
ウォーリッヒを引き連れた彼らは、その崖下に沿って今度は歩いていく。
大人しく(口は止まらない)彼らについていっているウォーリッヒは、のんびり会話しながらもその心内では別のことを考えていた。

(この道に沿って歩いてるってことは、”赤霧の盗賊団”のアジトはこの崖下にあるとみて間違いないな・・・・・・。国境付近で争っていたと聞いたから、あそこからそれなりに距離があるここは見つかりづらいと思ってたんだけど裏目に出ちゃったかな?)

どうやら彼らの頭も自分と同じことを考えていたらしい。
噂というものは当てにならないと思っていたのだが、なかなかに侮れないものだなと改めて認識することになった。
それだけでも彼らについて行く価値はあったと思う。
やはり生きていく上ではおもしろく過ごした方がいいに決まっている。多少のリスクがあっても、常とは異なることを体験できるのならそれを選び取る。ウォーリッヒ・ハルデルトというのはそういう人物なのだ。

つまり、今わざと捕まっている理由も簡単に言えば”赤霧の盗賊団”について詳細を知りたいからという知的好奇心にすぎない。
しかし、いくら知的好奇心があろうとも、知る過程において死んでしまえば元も子もない。
ウォーリッヒは「自分は死なない」という確固たる自信があるからこそ、このような危険なことにも平気で突っ込んでいくのだ。
移動魔法を使えば瞬き一つの間にその場から逃げ出すことが出来る。自分を”ただの子ども”としか認識していない彼ら相手ならば、その確率も限りなく100・・・・・いや、100%そのものだ。


そうこうしている間に、どうやら彼らのアジトに到着したようだ。
簡易テントがあちらこちらに建っており、急な襲撃にもすぐに対応できるようになっている。実に無駄がない。
敵?の真っ只中にいるというのに、ウォーリッヒの情緒は漣一つ立つことなく平静そのものである。
逆に周囲の様子を窺いつつ、この貴重な体験を楽しんでいた。


「おー、ゲイル。やっと帰ってきたかぁ?・・・・・・・・あん?なんだそのガキ」


すでに帰ってきている仲間の内の一人が、彼らが帰ってきたことに気づいて声を掛ける。声を掛けた際にその仲間はウォーリッヒの存在に気づいて胡乱気な視線を寄越してくる。
その男が言った言葉から、ウォーリッヒを連れて来る事を決めた男の名前がゲイルだとわかった。
話し掛けられたゲイルは仲間の質問に肩を竦めて答えた。


「何だか知らねぇが森の出口付近にいたんだよ。問題ねぇとは思ったんだが、一応連れて来た。――で、今から頭に報告してこようかと・・・・・・」

「あーそうか。・・・・・だったらこのガキ置いていけ、俺が代わりに見ていてやっから」

「それは有難い。流石に頭の前にまでこいつを引きずっていって報告すんのも何だかなと思ってたし・・・・・・。おい、一応お前のことを報告してくるからそれまで大人しくしてるんだぞ?」


どうやら彼は報告しに行く間、ウォーリッヒをどうするかで悩んでいたらしい。しかし、それも仲間の申し出で解決したようだ。
ゲイルは仲間の男に礼を言いつつ、ウォーリッヒに釘を刺した。
そんな男の忠告に、ウォーリッヒは不満そうに返事をした。


「大人しくしてろって・・・・:・・さっきからずっと大人しくしてるじゃん」

「お前の場合はその口をしっかりと閉じておくことをオススメするぜ」

「それはご忠告痛み入ります」

「はぁ・・・・・。それじゃあちょっくら行って来るわ」

「おう、任せとけ」


仲間の快い返答を聞き、ゲイルは報告のためその場を後にした。


「つーわけだ坊主。あいつが帰ってくるまでおじさんと仲良くしよーや」


ゲイルという男の代わりに見張り役になった男は気さくな性格らしく、ウォーリッヒにも気軽に声を掛ける。
悪党とはイメージの程遠い男に、ウォーリッヒは呆れたような顔をする。


「仲良くって・・・・・普通、盗賊の人と仲良くしたいなんて人はいないと思うよ?」

「だろうな。なんだ坊主、俺様とは仲良くしたくないって言いてぇのか?ん?」

「・・・・別に。誰もそんなことは言ってないでしょ?」

「ははっ!おもしれーなお前。俺の名前はガンス・バーレンだ。お前は?」


男―――ガンスは自分の名前を名乗った。
はっきり言えばウォーリッヒが名乗る謂れなど全くないが、相手の方が折角名乗ってくれたわけなので礼儀としてこちらも名乗ることにした。


「・・・・・ウォーリッヒ・ハルデルト。僕としては貴方の方がよっぽど変わってるように思えるけど?」

「そうか?俺としては盗賊のアジトの真っ只中にいるのに物怖じしないお前の方が変り種に思えるぞ?」

「それは褒め言葉として受け取っていいのかな?」

「さてね。そっちの自由なように解釈すれば?」

「そうさせて貰うよ」


テンポのいい会話が二人の間で行われる。
ガンスはそれが楽しいのか、喉の奥で笑った。


「くっくっくっ!お前本当におもしろいやつだなぁ・・・・・・。そういえば、なんでこんな所にいたんだ?」

「それ、今更聞く?というか僕が答える必要性ってある?」

「まぁ、そう言うなや。で、教えてくれないのか?」

「別にいいよ、隠すようなことじゃないし。―――ガレスタシア国に行くために近道しようとしてここ通ったんだけど・・・・・・ゲイルさんだっけ?に見つかってそれでここに連れて来られたの」


全く、ついてないよね・・・・・・・。

そう言ってウォーリッヒは軽く溜息を吐く。
そんなウォーリッヒにガンスはポンポンと肩を叩いて慰める。


「そりゃあ・・・・災難だな。―――で?こんなところを通ってまで何しにガレスタシア国に向かうんだ?」

「それまで言わなきゃなんないの?」


ウォーリッヒは心底、面倒くさそうな顔をする。
そんなウォーリッヒに、ガンスもかったるそうに答える。


「そう、嫌そうな顔すんなよ・・・・・・・。それとも、人には言い辛い理由でもあんのか?」

「そんなんじゃないけど・・・・・ただ、情報を引き出す役ってのも大変だなぁと思ってただけだよ」

「!・・・・気づいてたのか?」


ウォーリッヒの言葉に、ガンスはとても驚いた顔をした。
驚きに眼を瞠ったまま、少しの間無言で銀髪の子どもを見つめる。
驚愕で固まっているガンスを、ウォーリッヒはやや目を眇めて見返す。


「―――何、気づいてたらいけない?それとも意外だった?これでも一応、一人旅をしてる身だからね。人の機微に聡くなくっちゃやってけないよ」

「・・・・・いや、いけなくはねぇけど・・・・・・。俺、そんなにわかりやすく聞いてたか?」


少々不機嫌顔のウォーリッヒを見ながら、ガンスは困ったように後ろ頭を掻く。
口をへの字にして聞いてくるガンスに、おかしさを堪えきれずウォーリッヒは吹き出す。
笑われたガンスはそれに対して憤慨するどころか、ますます情けない顔をした。


「〜〜っ、・・・・・はぁ・・・・。いや、ガンスさんは上手い方だよ?気さくな性格を命一杯利用してそれとなく聞いてるからね・・・・・・・大概の人にはこれで通用すると思うよ?」

「上手い方、ねぇ・・・・・・。まぁ、それはいいや。さっき一人旅と言ってたが、長いのか?」

「それも質問内容?」

「いんや、ただの個人的興味だ」


ガンスはにやりと不敵な笑みを浮かべる。どうやら彼はウォーリッヒのことを、怪しい人物というのとは別で興味を持ったようだ。


「う〜ん、13の時からあちこちに出かけてたから・・・・4年、かな?」

「へぇ〜、4年ねぇ・・・・・ん?つうことはお前今17か??」

「そうだけど?何?}

「いや、17にゃ見えねぇなと思っただけだ」

「さりげなく言ってるけど、それ失礼だよ?」

「そうか?他意はなかったんだけどな」


そう聞こえたんなら、お前自身が気にしてるってことなんじゃねぇか?

そう言ってガンスはウォーリッヒに意地の悪い笑みを向ける。
それに対し、ウォーリッヒはおもしろくなさそうに口先を尖らせる。
それがガンスの笑いを、ますます引き出させる。

それから二人は他愛のない会話をしばらく続けた。
丁度会話が途切れたところで、ガンスはさり気なく行っていた質問を今度は真っ向から聞いた。


「―――で、さっきの続きだが、何しにガレスタシア国に行こうとしてたんだ?」

「観光だ「それは違うな」

「・・・・・なんで?」

「ただの観光だったらいくら近道とはいえ、こんなところを突っ切ろうなんざしねぇよ。急ぎの用か何かがねぇ限りな」


その言葉を聞いて、ウォーリッヒは内心とても楽しげに笑った。

このガンスという男はなかなかおもしろい人物だ。上辺だけを見たのならば、ただの気さくな話しやすい男のように見える。しかしその実、とても頭の回転が速い。見た目だけで相手をしていてはうっかりと足元を掬われてしまいそうだ。
羊を被った狼とまでは言わないが、食えない男であるのは確かなようだ。

無論、そんな男と会話を楽しんでいるウォーリッヒも人のことなど言えないが・・・・・・。


「で、どうよ?そこのところ」

「嘘は言ってないよ?観光がてらにお使いも頼まれたの」

「ふ〜ん?そのお使いの内容は?」

「爺さんから頼まれた荷物を、ガレスタシア国の知人に届けるってのがお使いの内容」

「・・・・・その荷物は?見たところ荷物らしい荷物なんてねぇけど?」


ガンスは荷物と聞いて、その荷物らしきものがないことを指摘する。
ウォーリッヒは、見たところ手荷物も背負うような荷物も何も持っていない。ただ足元まで覆うような長いフードを着ているだけで、荷物らしい影は何処にも見当たらない。


「ん?あぁ、これ」


そう言ってウォーリッヒがフードの中から一振りの剣を取り出す。
その剣は一見、ただの古ぼけた剣にしか見えない。しかし、よく見てみると見事としかいえない細かな細工と、その中央に飾られた大粒の紅い宝石から、優れた業物であるのが窺える。
盗賊でなくとも、収集家なら喉から手が出るほど欲しい物だろう。


「おい、おい。これまた大層なモン持ってるなぁ・・・・・お前、ここが盗賊の巣だってこと忘れてねーか?」

「失礼だなぁ・・・・そこまで呆けてはいないよ。第一、足止めを食らっている理由を簡単に忘れる人なんて、そうそういないと思うけど?」

「俺も思う。だがなぁ、ウォーリッヒだっけ?俺だって盗賊の端くれだ、そんな獲物目の前にぶら下げられて見逃す、なんてあめぇことはしないぜ?それが盗られちまうと考えないわけ?」


ガンスの眼が鋭く光る。
いくら気さくだとはいえ、彼とて盗賊の一味なのだ。金目になるようなものは力づくでも奪い取る。
それが盗賊だ。
そんな彼の目の前に、如何にも奪い取ってくださいとばかりに剣を出されては、嬉しさよりも逆に懐疑心が強く先立ってしまう。


「奪う奪わない以前の問題なんだよねぇ・・・・・・・。多分、これに触れることが出来るのは今のところ僕だけってことになってるから」

「はぁ?そりゃどういうことだ??」

「百聞は一見にしかず。実際に触ってみようとした方がわかると思うよ?・・・・・ただし、痛みは覚悟しておいた方がいいかも。どうする?」

「おもしれぇ。そこまで言われてやらねぇと言っちゃあ男が廃るってもんだ。いいぜ、試してやるよ」


ガンスはそう言うと、あっさりと剣に手を伸ばす。と、その途端。

バチイィッ!

剣に指が触れる前に鋭い痛みが走り、弾かれる。
弾かれた手は軽い火傷になっていた。
ガンスはその手をおもしろい玩具でも見るかのように見つめる。
その手を一振りし、剣へと視線を移し、そして最後にウォーリッヒを見た。


「触れないことは身をもってわかったが、それは一体何なんだ?」

「さぁ?僕もよくは知らない。ただ、こいつは持ち主を選ぶらしい。爺さんもさっさとこいつを何とかしたかったみたいで、これを持っても大丈夫な僕に、これを何とかしてくれる当てのある知人に届けるよう言ってきたんだ」

「なんでお前は持っても平気なんだよ?」

「さぁ?そんなこと僕が知るわけないでしょ?それこそこの剣に聞いてみないことにはね」

「ふ〜ん」

「・・・・なかなかおもしろい話をしているな」


二人の会話に突然第三者の声が入ってきた。
声のした方へ目を遣ると、ウォーリッヒより少し年上―――20代前後位の青年が立っていた。










2006/2/18