切り立った崖の下、赤霧の盗賊団とガレスタシア国騎士団は対峙していた。
両者、充分な距離を空け、相手の出方を窺っている。
赤霧の盗賊団の先頭には頭のアキレス。
ガレスタシア国騎士団の先頭には年若き団長、シーザー・ガヴェルトが立っていた。
「これまた随分な無茶をするんだな・・・・国境を越えちまったら悪党捕縛の権限なんざー持てないんじゃないのか?ガレスタシア国の騎士団さん?」
盗賊団の頭、アキレスは口の端を持ち上げ、嫌味ったらしく言葉を紡いだ。
普通、騎士団というのは国の為に動くものである。国という枠を越え、他国まで干渉する権限などもちろんあるはずがない。
アキレスはそこの所を指摘しているのである。
国境を越えることを何の躊躇もなく行った隣国の騎士団。
あまりにも早い行動だった為、盗賊団の彼らは撤退する暇もなかったのである。
文句の一つや二つ、言わせて貰ってもいいだろう。
「ふっ、お生憎様。こっちはちゃんとした許可を貰って国境越えてるんだよ。どうやらあちらさんはお前らにかなり手を焼いているみたいだな?隣国にお前達を捕まえられるんだったら、国を越えるのも厭わないっていうんだからな」
これが正式な証明書だ。
シーザーはそういって一枚の高級そうな用紙を取り出してみせる。
国のお偉いさんの筆跡など知ったこっちゃあないが、そこには確かに国の重鎮の名前と捺印が押されていた。
「はっ!他国に泣き付かなきゃなんないとは情けない話だな。いっそのこと上を総入れ替えした方がいいんじゃないか?」
「さぁ?俺はガレスタシア国の人間だからな、そこまで他国のことをとやかく言う権利はないからな」
「だが、いい迷惑なんじゃないのか?」
「いいや?案外そうでもないぜ?こうして国境越えてお前らをとっ捕まえることができるんだからなぁ」
「さぁて?俺達はそう易々とは捕まってやらないぜ?」
「臨むところだ」
二人は互いにニヤリと笑い合うと、それぞれ武器を抜き放った。
『かかれっ!!』
二人の声が同時に空気を震わす。
両者は盛大な雄叫びを上げ、敵へと突進する。
箇所々で、金属の交わる音が響き渡る。
「お相手願おうか?赤霧の盗賊団の頭さんよう」
「いいだろう。ガレスタシア国騎士団団長殿?」
二人は同時に抜き放った刃を振るった。
キィン!という高く澄んだ音が空へと広がり、溶け込んだ。
「ありゃりゃ。もう始まっちゃってるみたいだね」
「そのようですね。如何しますか?」
「う〜ん、少し様子見!っていうか最初から手を出すつもりなんてないし、高みの見物?」
「・・・・お前、好奇心は猫をも殺すって言葉、知ってるか?」
この道楽者めと、ルートスが呆れたような視線をウォーリッヒへと向ける。
そんなルートスにウォーリッヒは、「人生において、楽しむということは必要なことだよ?」と顔に満面の笑みを浮かべつつ、そうのたまった。
そしてまた、交戦中のその場所へと視線を向けた。
ちなみに、ウォーリッヒ達は他の者には気づかれないよう岩陰に隠れて対峙する様子を見てる。
「しかし、レジルの言っていたことは本当だったみたいだね。彼、なかなかの腕前だよ。それに、相手の騎士団の人も・・・・」
ウォーリッヒはそう言って、アキレスとそして対峙している騎士団の者を指した。
赤霧の盗賊団の頭。彼はどうやら二刀流らしく、長さの異なる剣を巧みに使って相手を攻撃している。
その剣捌きはとても流麗で、まるで剣舞を舞っているように見える。
そしてその頭と対峙している男。その男もまた剣の腕は良いようだ。
二本それぞれ異なった動きを見せて切りかかってくる剣を、一本の剣で受け、流し、切り結んでいる。
ウォーリッヒは、盗賊団の頭の相手をしている男は一体何者だろうと、興味じみた疑問を浮かべる。
その疑問に答えたのは彼の使い魔。
「あぁ、あの人がガレスタシア国騎士団団長ですよ」
「へ?そうなの??思ったより若いなぁ・・・」
もっと厳ついおじさんだと思った・・・・と、ウォーリッヒは驚きを含んだ声で誰とも無しに呟いた。
「はい。そうだと思いますよ?騎士団団長の特徴は紅い髪に灰色の瞳をしていて、頬に傷がある方らしいですから」
「ふぅん?この距離じゃ眼の色が灰色かは判別できないけど、確かに髪は紅いし顔には傷があるみたいだね」
「おい、あんな小僧っこでいいのかよ?団長・・・・・・・」
見た目、さほど年齢に差が無いような相手を小僧呼ばわりするルートス。
しかしそのことにツッコミを入れるものは、この場には誰もいなかった。
「いいんじゃないの?実力と人望を持ち合わせてれば」
ガタがすぐにでも来そうなおっさんより、先陣きって味方の士気を上げてくれる若いリーダーの方がいいに決まってるよ。
とルートスの疑問にウォーリッヒはさらりと返答を返した。
と、ふいに何か爆発するような音がウォーリッヒ達の耳へと届いた。
ウォーリッヒ達がそちらへと視線を向けると、数箇所に土煙が立ち上っているのが見えた。
「へぇ〜。最近の盗賊は芸達者なんだねぇ〜♪」
「いや、なんかそれ違うぞ?」
「そう?」
土煙が上がった場所を見ると、なにやら地面が陥没していた。
その傷跡からも察せられるが、剣などという代物でそんな痕など付けられるはずもないのは一目瞭然であった。
魔法。
その方法でしかこのような攻撃はできない。
更に言ってしまえばその陥没は湿めり気を帯びているので、水系の魔法だということがわかる。
「ふ〜ん。水の魔法使いか」
ウォーリッヒは面白そうに眼を細めた。
余談ではあるが、魔法使いを分類分けするにおいて、その目安となるのがその人が使う魔法の属性である。
魔力を持っている者達は、得てして生まれながらに持ち合わせている属性というものがある。
普通は一人につき一属性。多くても二属性である。
そして、この生まれつき持ち合わせている属性に適した魔法の知識と技術を魔法学校で学ぶのである。
もちろん、生まれつき持ち合わせていない属性の魔法も使おうと思えば使えるが、ほとんど上手に扱うことなどできない。仮に扱えたとしても、100%の力を引き出すなど到底無理なのである。
そんなことができる人がいるのだとすれば、それは最早天賦の才とか奇跡としかいえない。
なので、魔法学校の中では属性別に別れて授業を行う。(特殊属性と呼ばれる属性の者はまた別になるが・・・・)
相手をしていた騎士団団長はそれに驚いたような顔をしたが、次の瞬間にはニッと笑みを浮かべ攻撃した。
ゴアァァッ!
紅の熱が宙を奔る。
襲い掛かってくるそれに気づいた盗賊団の頭はとっさに横に跳んでそれをかわす。
と、次の瞬間には彼が立っていたところが黒焦げになっていた。
「うわぁ〜!あっちの団長さんも魔法が使えるんだ?面白くなってきたなぁ♪」
ウォーリッヒは眼を輝かせて魔法の交じった戦いを観戦する。
そんなウォーリッヒの様子に、他の二名はやれやれと肩を竦めるのであった。
無数に飛来してきた水の弾丸。
思わぬ攻撃に跳ね上がる心臓を無理矢理抑えつつ、その攻撃をかわした。
背後で轟音が上がる。
おもしれぇ。
口の端が持ち上がるのを止められない。
こんなに気分が高揚するのは久しぶりだ。そうシーザーは心の内で呟いた。
初めは二刀流使いであること、その剣技、強さに久々に楽しめそうだと思っていた。
しかし、相手は更に上を行った。
魔法を使えるなんて面白すぎだろ!とその闘争心に火がついた。
「へぇ?お前、魔法使えるのか!」
「あぁ。別に剣だけでもやっていけるが、あればあるでけっこう便利だよなこの力」
そう言って掌の上で水を躍らせるアキレス。
変幻自在に形を変える水を見て、なかなかに力を扱いなれていると思った。
「そうだよなぁ。魔法を使える奴なんてそう沢山いるわけじゃねーしな、不意打ちで魔法を使われたらはっきり言って対処に困るよな」
「とかなんとか言ってるが、あんたちゃんと全部避けてるじゃないか」
「そりゃあ当たり前。団長なんて呼ばれてるやつが、不意打ちの所為で大怪我負いました。なんて言い訳にもならねーよ」
「団長なんて面倒なだけじゃないか?」
「まっ!しょうがないだろ?使い物にならない上司の下で働くよか、いくらかましってもんだ」
心持げんなりとした様子で話すシーザーに、アキレスは「そりゃ、ご愁傷様」と一言だけ返した。
「さて、戦いを面白くしてくれた礼だ。俺も少し本気でやらせて貰おう」
「なに今更言ってんだ。本気じゃないのはお互い様だろ?」
ニッと笑みを浮かべたシーザーに、アキレスは呆れたような口調でそう言った。
そう、この二人。実は本気で闘っていなかったのだ。
アキレスはこの場から撤退できればいいと考えているし、シーザーも捕らえることができればそれでいいと考えていた。
両陣の頭が死闘を演じずとも、状況的に優勢に立った方が己の思惑を上手く運ぶことができると思っていた。
しかし、実際の現状は五分。
このままこの状況が続くのも良くないので、アキレスは勝負に出ることにした。
それが先程の魔法での不意打ちだったのである。
この攻撃で戦況の流れをこちらに引き寄せられればいいと思ったのだ。が、予想に反して相手に怪我どころか、かすり傷一つも負わせることができなかった。
表面上はなんてことはないと装ってはいるが、内心では多大な舌打ちを鳴らしたのであった。
この男、予想以上にできる。
それが今のアキレスの胸中を占める思い。
ほんの僅か、アキレスが思考の海に沈んでいる間にシーザーが動いた。
「生命に温もりを与える炎の神よ!燃え上がる赤・突き進む熱。放たれるは疾風の矢!敵するものを打ち射抜け!!」
雄々しく詠まれる術の呪文。
形作られるは炎の矢。
その炎の矢がアキレスに向けて放たれる。
「ちっ!」
不意に発動された魔法に気づき、アキレスは舌打ちしつつ咄嗟に真横に跳ぶ。
一拍の間を置いて、アキレスが今まで立っていた場所に炎の矢が突き刺さり、焦がす。
まさか相手も魔法が使えるとは思ってもいなかったので、不意打ちにも似た攻撃に背中が僅かに汗ばむ。
「けっ!お前だってしっかり避けてるじゃねぇかよ」
さして面白くもなさそうにシーザーは悪態を吐く。
が、内心では久方ぶりのの強敵に胸を躍らせていた。
「さぁて・・・俺とお前、どっちが先に動けなくなるかな?」
狩を行う獅子の如く、不穏な光をその瞳へと乗せ、シーザーは不敵な笑みを浮かべた。
二色の魔力が荒れ狂う――――――――。
2006/6/11 |