炎の球と水の球がぶつかり合う。
威力は互角。
互いに相殺し合って、辺りに白い蒸気が立ち込める。
その隙にと言わんばかりに相手の懐に飛び込む。
容赦なく振るった剣先は相手を貫くことはなく、頬を掠るに留まる。
逆に相手から礼だと言わんばかりに強烈な回し蹴りをお見舞いされた。が、それは咄嗟に横に跳んで威力を半減させる。
回し蹴りの食い込んだ脇腹がギシリと軋む音を立てる。
横に跳んだ勢いのまま地に手を着き、更に一回転して状態を立て直しつつ相手と距離を置く。
「―――ってぇなぁ、これ以上顔に傷を増やして男前が上がっちまったらどうしてくれるんだ」
「別にいいんじゃないか?寄ってくる女が増えるぞ?」
「生憎、こちとら女に感けてるほど暇じゃないんでね・・・・・」
「それはまた、実につまらない人生を送ってるんだな」
「そうでもないさ」
斬りかかっては防ぎ。隙を突いて反撃する。
息を呑む暇もなく、激しい攻防は続いていく。
一際大きく刃の弾き合う音が響き、二人は共に距離をとった。
相手の出方を窺いつつ、シーザーは目を眇めて唐突に呟いた。
「・・・・・しかし解せんな」
「あ?」
シーザーのいきなりの言葉に、アキレスは思わず疑問の声を上げた。
シーザーはそれに肩を軽く竦めて答えた。
「お前が快楽殺人者だって話さ」
「おい。俺がいつ快楽殺人者になったんだよ?」
「あん?お前知らないのか?赤霧の盗賊団は頭を筆頭に、皆快楽殺人者だってな・・・・・巷では専らの噂だぜ?」
「はっ!じょーだん。噂は所詮噂でしかない」
シニカルな笑みを浮かべて、シーザーは彼らに関する噂を口に乗せる。
それを聞いたアキレスは鼻で笑い飛ばし、鋭く光る眼を対峙するシーザーへと向けた。
「世間一般でどう騒がれようが知ったことではないが、勝手に快楽殺人者などと呼ばれるのは不愉快だな」
「殺したことは否定しないんだな」
「それは事実だからな。そこは否定しないさ・・・・・・だが、快楽の目的で人を殺す趣味は生憎と持ち合わせていないんでね。別に殺す必要がなければ、無闇やたらに人の命は奪ったりしないさ。だから、そこの部分は否定させてもらう」
「・・・・つーことは、今まで殺ってきた連中は殺す必要があったと?」
「有り体に言えばそうだな」
アキレスは軽く肩を竦めつつそこで会話を打ち切り、両腕を眼前に構えた。
アキレスを取り囲む空気が陽炎のように揺らめく。魔力が高まっているのだ。
「魔法でケリをつけようってか?俺もお前さんも剣が主流のはずなんだがな・・・・・まぁ、それはそれで面白そうだな」
シーザーは愉快そうにそう言いながら、アキレスと同様に腕を掲げる。
彼の周りもまた、立ち上る魔力によって空気が揺らめいた。
紅と蒼。
両者が纏う空気を色で表すならば、それが最も適当であろう。
それまで交戦していた彼らの部下たちは、刃を交わすことを止め、息を呑んで二人の頭の一騎打ちを静観した。
つい先程までの騒音などなかったかのような静寂が、辺り一帯を支配する。
緊張の高まりが絶頂に達した瞬間、彼らは同時に動きを見せた。
「生命に潤いを与える水の神よ!蒼の流れ。時として形なく、また形あるもの。打ち据えるは捉え難き玻璃の弾!!」
「生命に温もりを与える炎の神よ!燃ゆる紅。高まるは灼熱。汝は阻むもの全てを飲み込み、掻き消す紅蓮の弾!!」
同時に紡がれる詠唱。
巨大な水と炎の球が形作られるのも同時。
その巨大な二色の魔力が正面からぶつかり合った。
水は炎を消し、炎は水を蒸発させる。
力は拮抗し、押し押される状態がしばらく続く。
ギチギチと力のぶつかり合いで軋む音が響き渡る。
―――と、次の瞬間。事態は思わぬ方向に転がった。
このまま相殺して打ち消されてしまうかと思った水と炎の球が互いに軌道を逸らし、共に切り立った崖へと激突したのだ。
「なっ?!」
「おいおい、マジかよ?!」
流石のこれには、魔法を放った本人達も閉口した。
しかし事はこれだけでは済まされなかった。
両者の魔法が激突した崖が崩れ落ちてきたのだ。
それは当然であろう。
いくら初級の魔法といえど、ありったけの魔力を込めて放たれたものだ。互いに威力を相殺し合っても完全に力が削がれたわけではないのだ。
そこら辺にある岩位、造作もなく砕ける力は残っている。
そんな二つの魔法が崖に突っ込んだのだ。
大きいなんて言い表すには生易しいほど、大きな岩の塊が大量に彼らへと降り注いでくる。
「ちっ!しくじった!!」
「くそっ!いくらなんでも全部は防ぎきれねーぞ?!」
アキレス、シーザーは共に己の行いを後悔した。
彼ら二人だけなら自分の周囲に魔法で結界を張るなり、自分に当たりそうな岩だけを砕くことくらい造作もなく行える。
しかし今は多くの彼らの部下がいるのだ。
少しどころか、下手をすれば大人数の死傷者を出しかねない。
「頼むから間に合ってくれよ・・・・生命に温もりを与える炎の神よ!降り注ぐは無数の弾丸。襲い掛かる脅威を打ち砕け!!」
先程の炎の球よりは威力が劣る、しかし大量の火の玉が落ちてくる岩に打ち向かっていく。
シーザーの狙い通り巨大な岩は砕かれたが、拳大の岩から一人で抱え上げるには労力がいりそうな大きな岩まで、それらを完全に消し去ることはできなかった。
アキレスも同様に魔法を放って岩を消し去ろうとしたが、いかせん数が多すぎた。
魔法を放つにしても詠唱に時間が掛かりすぎる。落下してくる岩は待ってはくれないのだ。
「うっ、うわあぁぁぁっ!!!?」
目の前に迫ってくる岩達に彼らはなす術もなく眼を閉じるしかなかった。
眼を閉じたその瞬間。強い風が吹き荒れた―――――。
「あ〜あ。あんな所で威力の強い魔法を使ったのは失敗だったね。彼ら二人だけならまだしも、あんなに沢山の人達がいたら守りきれないでしょ」
「おいおい。んな悠長なこと、言ってる暇があるのか?手助けしてやれよ。死人、出るぜ?」
「そうですよ主!別に聖人君子を気取れとは言いませんけど、目の前で死人を出されてはこちらの気分が悪いだけです」
「なんで僕がそんな面倒なことをしないといけないの・・・・・?」
「なんだったら恩でも売っておけばいいでしょう?後々いい脅しのネタになりますよ?」
「・・・・なかなかいい根性してんじゃねぇか、お前・・・・」
さり気なく利己的な発言をする使い魔に、ルートスは呆れたような視線を向けた。
彼らがそんな会話をしている間、向こうでは魔法を使ってなんとか岩を防ごうと努力をしているようだ。しかし落ちてくる岩の量が上回っており、防ぎきれない。
「あぁもうっ!仕方ないなぁ・・・・」
なす術もなく岩に押しつぶされようとしている彼らを見兼ねて、ウォーリッヒはとうとう彼らを助けることに承諾した。
次の瞬間にはウォーリッヒから魔力が立ち上り、口早に呪文を詠唱していた。
「生命に息吹を与える風の神よ!我は銀の御盾を掲げる者。全ての害成すものから彼の者達を守れ!!」
凛とした声と共に、眼に映ることのない無色の風が大気を駆けた。
彼らに直撃しようとしていた岩のみを風が押しやり、軌道を逸らす。
ドドオォンという轟音と共に、大量の岩達が地面へと落下した。
濛々と土煙が立ち込めた。
「おい、ウォーリッヒ・・・・・・」
「ん?何?ルートス」
「あれのどこら辺が助けた・・・・っていうか間に合ったのか??」
ほんの一瞬の遣り取りに、果たして彼らが助かったのか判別がつかず、ルートスはウォーリッヒに疑問を投げかけた。
そんなルートスの疑問に、ウォーリッヒは自信満々の表情で大きく首を縦に振って首肯した。
「大丈夫!直撃しそうな岩の軌道変えたから。少なくともこれで死亡者はでないと思うよ?」
「あーそうかよ。つーか、俺としてはお前が風の魔法を使っていることに驚きなんだが・・・・」
「なんで?」
ウォーリッヒがさも不思議そうに首を傾げて問い返す。
「なんでって・・・・俺の記憶が確だったら、今はもう風を扱える魔法使いってほとんどいないんだろ?お前確かにさっき炎の魔法使ってたよな?しかも詠唱破棄で。なんでお前が扱えるんだよ??」
普通、属性は一人につき一属性と決まっている。例え多くても二属性。
そこを考えたのなら、別段驚くようなことはないように思える。
問題はその属性・・・・・・。
「え?だって僕が生まれつき持ってる属性って風だし・・・・・・」
「いやいや。生まれつき風属性を持ち合わせてる奴なんざぁ世界中探せば何人かはいるだろうけど、俺が言いたいのはそんなことじゃない。なんでお前が”風の魔法を使えるか”ってことだ」
「え〜、なんでそんなこと知りたいの?」
「だって気になるだろうが!なんせ、今風を操ることができる魔法使いって言ったら”風の魔道士”ただ一人しかいないだろ?」
「へぇ〜、そうなんだ?」
「そうなんだって・・・・それだけかっ?!もっと他に言うことはないのかよっ!!?」
最早ツッコミ役と化したルートス。
反応の薄いウォーリッヒに、噛付かんばかりの勢いで詰め寄る。
「他に言うことって言ったってねぇ・・・・・例えばどんな?」
「『じゃあ、僕は風を操ることができる数少ない魔法使いなんだね!』とか、『魔道士なんかすぐになって、風の魔道士の称号なんて奪い取ってやるよ』とかなんかあるだろーが!!」
「ジャア、ボクハカゼヲアヤツルコトガデキルカズスクナイマホウツカイナンダネ」
「棒読み?!」
「っさいなぁ・・・・大体僕自身、魔法使いなんだよ?そんな事くらい知ってて当たり前だって思わない?第一さぁ、称号を奪い取ってやるって・・・・そんなの僕の柄じゃないし」
些か興奮気味のルートスに、やたら冷めた態度をとるウォーリッヒ。
やや突き放すような態度と言葉遣いをとっているが、言っていることは至極最もな言葉なので反論のしようがない。
テンションの高いルートスに着いていけず、レジルも白じんだ眼を向けている。
「けどよう・・・・・」
「いい加減黙りなよ?そうしないとここに君を置き去りにするからね?」
「スミマセンデシタ」
「わかればいいんだよ・・・・・・あぁ、やっと煙が晴れてきたようだね」
ウォーリッヒの言葉に視線を向けてみると、確かに濛々と立ち込めていた土煙が晴れてきてあちらの様子が窺えるようになってきた。
「うん、どうやら上手くいったようだね。皆無事だ」
「おぉ〜!本当だ。よくあれだけの数の岩から全員守れたな」
「一応、直撃の岩だけは当たらないように落下軌道を逸らしたからね〜」
「それをあいつらはやろうとして無理だったこと、わかってて言ってるのか?お前・・・・;;」
造作もないように言うウォーリッヒに、ルートスは疲れたように言葉を洩らす。
普通、人に直撃しそうな岩だけに狙いを定めて軌道を変えさせる、などという芸当はそう簡単にはできない。というかできるわけがない。
見境なく岩を吹き飛ばすならまだしも、対象を限定してというのは、かなり魔力のコントーロールに長けていなければそうそうできないことなのである。
それをウォーリッヒは易々と行っているあたり、かなりの実力者だということが窺えるだろう。
「あ、逃げた・・・・・・」
「は?あ・・・本当だ。逃げ足速いなぁ・・・・」
「それよりも相手の方達は大丈夫でしょうか?もろに直撃してますよ??」
「大丈夫なんじゃない?足止め程度のつもりで放たれたやつみたいだし」
「大丈夫、大丈夫!あんなくれーじゃ、絶対に死なないって」
「はぁ・・・・・・;;」
両者、呆然としている隙を突いて、先に正気を取り戻した盗賊団の頭が魔法を放った。
一体どこにそんな体力が残っているのやら・・・・・甚だに疑問である。
そして流石は盗賊団。逃げ足は恐ろしく速い。
騎士団の者達が魔法で足止めをくらっている間に、あっという間に退散していった。
今はもう、影も形も見当たらない。
「うわぁ〜。盗賊団の奴らを取り逃した挙句、ずぶ濡れとは・・・・不運だったとしか言いようがないね」
「水も滴るいい男って言うじゃねぇか。ちょっとは労わってやれよ」
「段々言っていることが支離滅裂になってきてますよ?」
ウォーリッヒは少し眉を寄せつつ、可哀想だなぁと哀れみの視線を騎士団の者達に向ける。
ルートスはそんなウォーリッヒに、フォローになっていないフォローを言い聞かせようとする。
それに対し、レジルがさり気なくツッコミを入れたりしている。
「支離滅裂・・・・か?」
「うわっ・・・・・・レジルにまで突っ込まれたらお仕舞いだよ?」
「ほっとけ!!」
「おい、そこにいるやつ。そろそろ姿を見せたらどうだ?」
「「「・・・・・・・・・・」」」
三人の漫才じみた会話に、鋭い声が割って入った。
三人は思わず口を噤む。
「そこの岩陰に隠れてるんだろう?こっちはもうわかってんだ。さっさと出て来いよ」
更に声が続く。
「あ〜、ばれちゃった・・・・かな?」
「みたいだな。それじゃあ、俺は一旦姿を消すぞ?」
「そうしてくれると助かるよ」
「じゃっ!また後でな!!」
「はいはい」
ルートスは軽く手を上げた後、空気に溶け込むかのように姿を消した。
ウォーリッヒとレジルはそれを見届け、改めて視線を交わす。
「・・・・・で、どうなさるんです?」
「う〜ん、やっぱり姿を見せないと拙いでしょ?」
「どうしてです?移動魔法を使えば何事も無く、この場を立ち去れるでしょう??」
「え〜、それはほら・・・・・好奇心?」
「あなたと言う方は、どうしてそう面倒事に首を突っ込もうとするのですか・・・・・?」
レジルは痛みを訴える頭を思わず抱えたくなった。
ほとほと呆れ果てている使い魔に、ウォーリッヒは「あはははっ!」と笑って誤魔化そうとする。
「ちっ!面倒だな・・・・・あんまりちんたらしてると、こっちから行くぞ!!?」
どうやら痺れを切らしてしまったようだ。
足音が二人の隠れている岩の方へと向かってくるのが聞こえる。
「せっかちだなぁ・・・・・出るよ、レジル?」
「私はあなたの使い魔です。もとより異議の言葉は持ち合わせていませんよ」
「律儀だねぇ、君も」
つんと顔をそむける使い魔に、ウォーリッヒは微かに笑いを零した。
そして隠れていた岩陰から徐に足を踏み出した。
陽光に曝される彼の姿を見て灰色の眼が見開かれるのを、彼は楽しげに目を細めて見る。
そよぐ風が彼の銀髪を翻した―――――――。
2006/6/14 |