〜3.南の大国・ガレスタシアT〜








全く、今日は厄日なのかもしれない。

赤霧の盗賊団の頭の魔法でびしょびしょに濡れてしまった体を見下ろしつつ、シーザーは軽く息を吐いた。
思わぬ事態に誰もが放心することとなったが、ほんの僅かにだが相手方が早く正気を取り戻した。その結果相手は隙をついて逃走し、自分は奴らを捕らえそこねる羽目となったが・・・・・・。

そこでシーザーは改めて周囲を見渡した。
彼の部下は皆、呆然と立ちすくんだり座り込んだりしていたが、幸い死人は出なかったようだ。
それは彼の補佐に当たっているハンズの報告からも確認することができた。
最悪、彼の部下の半数以上は死傷者が出てしまうと覚悟していたのだが、怪我と言っても軽い擦り傷や切り傷で済んだようだ。
あの状況でこの程度の被害で済んだことは奇跡と言っていいだろう。いや、奇跡である。


(奇跡、ねぇ・・・・・・)


とそこで、シーザーは己の思考を笑い飛ばした。
奇跡であるはずがない。
今のこの状態は”必然”なのだ。

すべての岩を防ぎきれないと覚悟したあの瞬間。
シーザーは確かに第三者の魔力を感じ取っていた。
そう。盗賊団の頭でも、ましてや自分の魔力ではない『三人目』の人物が放ったであろう魔法の気配を・・・・。
自分の部下に己以外で魔法を使える者はいない。相手方も、様子を見るからには頭以外で魔法が使えるやつはいなかったように思える。

つまり、ガレスタシア国騎士団でも、赤霧の盗賊団でもない。第三の立場にいる者が、その魔法を放ったと見てとっていいだろう。
どういうつもりかは知らないが、この状況から見て助けてくれたと思っていいのだろう。
いったいどんな魔法で自分達を助けてくれたのかはわからないが、あの僅かな時間の間でここに居た全員を守り抜いたのだ。かなりの実力者と見て取っていいだろう。

そして、シーザーは徐にここから少し離れた所にある岩陰へと視線を向けた。

己が感じ取った魔法の放たれた方向。
きっとあの辺りの岩陰に隠れてこちらの様子を見ていたのだろう。いや、見ている。
よくよく気配を探ってみれば、微かにだが見慣れない気配を感じ取ることができた。
おそらく、あの魔法が放たれなければ自分を含め、誰も気づくことはなかったであろうそれ。

シーザーはその人物に声を掛けることに決めた。


「おい、そこにいるやつ。そろそろ姿を見せたらどうだ?」


相手が聞き逃さないよう、声を張り上げて岩陰の方へと話しかける。

すると、僅かながらに気配が動くのが感じ取れた。
やはり岩陰に誰かがいるのだろう。

シーザーはもう一度声を掛けることにした。


「そこの岩陰に隠れてるんだろう?こっちはもうわかってんだ。さっさと出て来いよ」

「・・・・・隊長、誰かいるのですか?」


離れた所にある岩陰に向かって声を掛けるシーザーに、彼の隣で控えていたハンズは訝しげに問いかけた。


「あぁ、いるな。俺らの命の恩人がな・・・・・・」

「命の恩人?一体どういうことですか??」


いまいち話が掴めていないハンズは、頭上に疑問符を浮かべて首を傾げている。
シーザーはそんな彼に、呆れたような口調で言い聞かせるように説明した。


「馬鹿!よく考えてみろ。あんなに大量に落ちてきた岩が、全部上手く人がいない所に落ちるわけないだろうが!―――てことはだ。誰かが故意にあの岩の軌道を変えてくれなけりゃあ、この状況が不自然過ぎるんだよ・・・・・・」

「シーザー隊長がやったということは・・・・・?」

「それはない。・・・・・・情けない話だが、あの時俺は岩を小さく砕くくらいが精一杯だったんだよ・・・・・・ったく!団長の名が聞いて呆れるぜ!!」


ハンズの疑問に、シーザーはきっぱりと否定の言葉を告げた後、自嘲的な笑みを浮かべた。
それを見たハンズは、シーザーが言った言葉を力一杯否定した。


「そんなことはありません!隊長はいつも一生懸命我々を守ろうとして下さっています。我々はその心意気だけでも、充分感謝しているんですよ?」

「そうか?そうだと少しは救われるんだがな・・・・・・・・・」

「そうなんです!だから自信を持ってください!!」

「ありがとうな・・・・・・」


必死に言い募るハンズを見て、シーザーは苦笑いにも似た笑みを浮かべた。
そして再び岩陰へと視線を向ける。

岩陰に隠れている人物は動く気配を見せない。

未だ姿を見せない救済者に、シーザーはとうとう痺れを切らした。


「ちっ!面倒だな・・・・・あんまりちんたらしてると、こっちから行くぞ!!?」


再度投げかけた声に、苛立ちが含まれていたのは致し方なかろう。
後ろに続こうとしたハンズを制し、ずかずかと岩陰へ歩み寄る。

あと5メートルという所で、漸く岩陰から人が出てきた。


シーザーは陽光の下に姿を現した人物を見て、驚きに眼を瞠った。


風になびく銀髪。
真っ直ぐと見つめてくる瑠璃色の瞳。
紺色のフードは体全体をすっぽりと覆っており、彼の右肩には白い羽色に金眼の鷲が大人しくとまっていた。
そんな容貌にも驚きを禁じえないが、彼が何よりも驚いたのはその年齢。
十代半ば位であろうか・・・・・・所謂子ども。

彼の恩人がまだ年若い魔法使いであったことに驚いたのであった。


「あ・・・っと、お前だよな?さっき魔法を使って助けてくれたのは・・・・・・」


話し掛ける言葉が些か頼りなげなのはこの際仕方ないだろう。
それほどに目の前の人物は、シーザーの目には幼く見えたのだ。


「違います。って言ったらどうしますか?」


銀髪の子どもから丁寧な言葉が流れ出る。
口でこそ否定を告げてみているが、その瞳が面白げに細められているのを見れば、彼が紛れもなくその人物であるということを肯定しているのがわかった。


「どうもしないさ。ただ、ここでなにをしているのかは尋問させてもらうがな・・・・・・」


意地悪げに問われた言葉に、シーザーも意地悪げな返答を返す。
そんなシーザーの言葉に、子どもは僅かも動じずクスリと笑った。


「意地悪ですねぇ・・・・・・まぁ、その質問には『そうです』と、お答えします」

「だったらそうと言えばいいものを・・・・・・・」

「それはそちらがいけないんですよ?『こんな子どもが?』って顔に出てましたから・・・・・・」

「わりぃ・・・・・・」

「いえ。慣れてますから」


そんなに明からさまに顔に出ていただろうか?と思いつつ、それでも悪かったと思い謝罪の言葉を述べる。
子どもの方は別段気にしていないのか、軽く笑うに止めた。


「侘びついでにもう一つ言っていいか?」

「はい?なんですか??」

「その敬語、やめてくれ・・・・・なんか無性にむず痒いんだよ。ってゆーか、それ、お前の地じゃないだろ?」

「初対面の人に対して言う言葉ですか?・・・・・まぁ、いいよ。正解。よくわかったね?」


銀髪の子どもはクスクスと笑いつつ、その言葉遣いを崩した。
口調が砕けたものに変わったことによって、更に年齢が下がったような錯覚を感じる。

先程までの大人びた表情はどこへやら。コロコロ変わる表情に、年相応さが感じられる。

シーザーは内心、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。


「改めて自己紹介させて貰うぞ?俺はガレスタシア国騎士団団長のシーザー・ガヴェルトだ」

「僕の名前はウォーリッヒ。ウォーリッヒ・ハルデルトだよ」


取り合えず、二人は互いに名乗り合う。


「あ〜、直球で聞くが・・・・・なんで助けてくれたんだ?」

「んぁ?・・・あぁ、目の前で大量の死傷者がでるのもなんだかなぁと思って・・・・・つい手を出しただけだから。それらしい理由なんて何もないよ?」

「ついって・・・・・なんだ、俺らが助かったのは気まぐれだって言うのかよ」

「平たく言えばそうなるかな?・・・・ま、いいじゃん。それで助かったんだしさ」


ニッと口の端を上げてウォーリッヒは意地の悪い笑みを浮かべる。
シーザーも「まぁな」と言って相槌を打つに止まった。


「んで、もう少し質問させて貰うぞ?」

「どうぞ?ただし、答えられない質問だったら答えないからね」

「りょーかい。そうだな、名前はもう聞いたからな・・・・・質問1.どうしてこんな所にいるんだ?」

「あー、ガレスタシアに行こうとしてこの先の森を通ってきたんだよ。そしたらどっかの誰かさん達が争ってるみたいだし、様子見しようかって思ったんだよ」


赤霧の盗賊団に捕まっていたことまでは話さない。話すだけ面倒だ。


「じゃあ、質問2.さっきガレスタシアに行こうとして森を通ってきたっつったけど、なんで態々森を通ってきたんだ?ちゃんと街道はあるだろーが」

「近道だよ。だって、あの道を通ると大きな湖を迂回しないといけないんだもん。それで2〜3日も時間を取られるのは嫌だったんだよ」

「で、あの鬱蒼とした森を通ってきたって?無茶苦茶だなぁ、おい」

「別に。いつも通ってるから慣れたよ」

「いつもってなぁ・・・・・;;」


木々が生い茂る森に眼を向けつつ、シーザーは呆れたような・・・・それでどこか感心したように言葉を紡いだ。
それに対しウォーリッヒは、さも当然そうに答える。


「あ〜、質問続けるぞ?質問3.ガレスタシアに行く用事はなんだ?」

「観光兼お使い」

「お使い・・・・・?」

「そ。ガレスタシアにいる知人に物を届けてくれって頼まれたの」

「ふーん。その物って?」

「これ」


ざっと見たところ、ウォーリッヒは荷物らしい荷物を持っていないようだったので、シーザーは疑問を口にした。
なんか同じ遣り取りを少し前にもやったなぁ・・・・・などと思いつつ、ウォーリッヒはフードの下から剣を取り出す。
シーザーは『なんでこんな物を・・・・・?』と少々疑問に思ったが、取り敢えず納得したように一つ頷いた。


「・・・・・・ねぇ、これって尋問?」

「いや、ただの確認。・・・・・まぁ、大体はわかった。命を助けてくれたし、そう変に疑おうとは思ってないしな」

「そう思ってくれると助かるよ」


内容が内容なだけに胡乱下に聞いてくるウォーリッヒに、シーザーは軽く手を振って否定する。
真正の悪人だったらこんな人助けじみたことなどしないだろうし、少ない会話の中でもウォーリッヒはそう悪い奴ではないだろうとシーザーは判断する。


「じゃっ!質問も大体終わったことだし、行くぞ」

「は?行くって・・・・・どういう・・・・・」


突然何を言い出すんだと、ウォーリッヒは怪訝そうに眉を顰める。
そんなウォーリッヒに、シーザーは大仰に笑って答えた。


「お前、ガレスタシアに行くんだろ?さっきも言ったが、俺らはガレスタシア国騎士団だ。賊も捕らえ損ねちまったし、もう国に戻るからな。どうせ向かう先は同じだし、旅は道連れって言うだろう?・・・・・つーことで一緒にガレスタシアに行こうぜ」

「・・・・まぁ、拒否する理由はないからね。いいよ」

「よっしゃ決まりっ!あっちに着くまで色々と最近の出来事を教えてやるよ」

「本当?それは有難いなぁ・・・・・最後に来たの、三年位前になるし・・・・・・」

「そうなのか?だったら最近と言わず、ここ三年にあったこと教えてやる」

「それは是非聞かないとね」

「だろ?」


互いに気軽に言葉を交し合う。
それこそ、もうずっと前から友人であったかのような気さくな会話の応酬。
余程相性がよかったのだろう。

二人は引き上げの準備をしているシーザーを除いた騎士団の方へと足を向ける。





思っていたよりも楽しい旅になったな。

ウォーリッヒはそっと口元に笑みを浮かべた。







目的地であるガレスタシアまであともう少し―――――――。











2006/6/17