煌々と照り輝く太陽。それが座する位置は真ん中を幾らか通り越した辺り。
気温も最高潮を過ぎ、心持過ごしやすくなったかと思われるくらいの時間。
ガレスタシア国王都シャルハン。その王都の中心に王城は立っていた。
王城のよく手入れされた中庭を、茶金の猫がトコトコと歩いていく。
中庭の中でも一際高い木下までやってきた猫は、その根元に腰を下ろした。
しばらくの間何をするでもなく庭を眺めていた猫は、おもむろに毛づくろいをし出した。
ゆっくりと、丁寧に。入念に毛づくろいをする。
不意に、毛づくろいに没頭していた猫の耳がピクリと動いた。
猫はそれまでしていた毛づくろいをやめ、その視線を蒼空へと向けた。
「遅いっ!随分ゆっくり来たんじゃないの?レジル姉」
突如、茶金の猫から言葉が紡がれる。
この場に人間がいたのなら、きっと腰を抜かさんばかりに驚いたことだろう。
バサリ。
猫が言葉を話すとほぼ同時。
猫が座り込んでいた木の一番低い枝に、一羽の白い鷲が舞い降りた。
「何言ってるんですかベリア。まだ分かれてから三日しか経っていないじゃありませんか。主の出歯亀根性を考えたのなら、三日なんて十分に早い方ですよ」
「そ・れ・で・も!いくら伝言役のためとはいえ、ご主人様に三日も会えないのは寂しすぎるぅ〜」
金色の眼を眇めて、白い鷲―――レジルは素っ気無く答えた。
そんなレジルに猫―――ベリアは情けない声を出して訴える。
「自分から言伝役を買って出たくせに、何文句を言ってるんですか!こっちなんか何時主が暴走してしまうかとヤキモキしていたというのに・・・・・・」
「うっ・・・・だ、だってレジル姉がその方がいいだろうって言ったから・・・・・・・・」
「それでも、最後は自分の意思で決めたのでしょう?なら私が提案した云々は関係ありません」
「むぅ〜。だったらレジル姉のその愚痴も、元をたどれば自業自得――――」
「何か言いましたか?」
「イイエ、ナンデモアリマセン」
ギロリと厳しい視線を向けてくるレジルに、ベリアは首を竦める。
なんだよ、本当のことじゃないか・・・・と内心文句を言いつつも、口に出さずに大人しく相手の様子を伺う。
「まぁ、いいでしょう。ところで、アルヴァはどこにいるのですか?」
「おぅ!ここにいるぞ」
レジルの疑問に答えたのは、ベリアではなくて別の声。
声のした方へと視線を向けると、赤銅色の毛並みをした狼にも似た犬が丁度茂みから出てくるところであった。
大型犬と言って差し支えない体をブルリと振って、体に絡みついた葉を払い落とす。
「よう!レジル。お前さんがここにいるってことは、主殿もここに着いたってことだな?」
「そうです。といってもまだ王都に入ったばかりですけどね。私だけ先に来させて貰いました」
「そうか・・・・だとすると、ここに到着するのは夕方より少し前位か?」
「問題なく来れれば、そうなりますね」
「・・・・・・・なんだ?また何か問題ごとに首を突っ込んでるのか?」
『問題なく来れれば』という部分をやたらと強調してはなすレジルに、アルヴァと呼ばれた赤銅色の犬は訝しげに訊ねる。
レジル・ベリア・アルヴァ。
彼らは魔法使いウォーリッヒ・ハルデルトに仕える使い魔である。
余談であるが、ベリアがレジルのことを”姉”と呼ぶのは、ひとえに彼らの中でベリアが一番年下だからである。
といっても、彼らは生きた年月などさほど気にしない。
使い魔として魔法使いに召喚される彼らは、人間などとは比べ物にならない位に長い間を生きる。
魔に属する彼らは、召喚で人間界に呼び出されない限り魔界と呼ばれる所で生活している。
その世界では弱肉強食。強いものが生き残り、弱いものは死へと追いやられる。
それが絶対の不文律。
つまりは強ければいいのだ。年上も年下も関係ない。
純粋に強さだけが問われる世界。
それが彼らの生きる世界なのだ。
話を戻そう。
そんな彼らの中でもベリアは幼い。
というか精神年齢が低いといえる。
故にベリアはレジルのことを姉、アルヴァのことを兄と呼んで慕うのだ。
魔法での召喚がなければ決してありえない関係ではあるが、今は『ウォーリッヒ』という共通の主を持っているので、この関係で落ち着いている。
「いいえ。突っ込んでいません」
「なんだ、だったら何がそんなに気にする必要があるんだ?」
「そうだよ。いくらご主人様といえど、目的を忘れて興味探求はしないでしょ」
「もう突っ込んだ後です」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
レジルから放たれた言葉に、二人(二匹?)は思わず黙り込んだ。
その場に重い沈黙が流れる。
「・・・・・あ〜、で?今はどういった状況なんだ?」
アルヴァはわざとらしくコホンと咳払いをして、レジルに改めて問いかける。
「真っ直ぐにこちらへ向かって来てますよ?」
「え?じゃあ、何も問題ないんじゃ・・・・・・」
「首根っこ鷲掴み状態で引きずられて向かってきています」
「「・・・・・・・・・・・」」
また沈黙が流れる。
何をやっているんだ・・・・とベリア・アルヴァは頭を抱えた。
いつものことでしょう?とレジルはそんな二人にしれっと答える。
「しかし何でまたそんな状況に・・・・・・;;」
「ジーク・ド・アルバスの手の内の者ではないかと疑われているからですよ」
「何で!?ご主人様は・・・・・・」
「わかっています。ただ、騎士団の人にあまり知られていない事を知っているとばらしてしまったみたいで、それで疑われてるんです」
厳しい表情で食いかかろうとするベリアを、レジルは静かな声で制する。
あまり知られていないこと?とベリアとアルヴァが疑問符を浮かべたので、レドガリア王家一家暗殺未遂のことです。とレジルが補完して教える。
「(はぁ・・・)何でそう・・・・・まぁいい。で?何でそれがここまで引きずってこられる理由になるんだ?確かにほとんど知られていない事で、王家に関わっている話だが、その場でも詰問できるだろう?」
「えぇ。実際、団長はその場で尋問しようとしていましたし・・・・・ただ、主が証人に皇子の名前を出したので、確認を取るにしても王城へ来なければならないという状況になったんです」
確かに。
皇子に確認を取ろうとするのなら、この王城へと出向かなければならない。
ベリアとアルヴァは納得したように、深い溜息を吐いた。
「何で主殿は証人に皇子の名前をあげたんだ?証人なら他にも何人かいるだろう?」
「思うに」
「思うに?」
「城の検問をスルーパスするためじゃないんですか?」
「は?何言ってんだ?主はきちんとした書状を持っているだろうが。そんなことしなくても余裕で城に入れるだろうが??」
そう。実はウォーリッヒは初めからこの城へとやって来る予定だったので、中へ入れてもらえるように正式な書類を持っているはずなのである。
他の者に引きずられて城に入らずとも、すんなりと通してもらえるのである。
「検問が面倒臭いからでしょう?」
「それだけかよ;;」
「それだけです。何て言ったって主ですよ?その程度の理由で十分行動しかねません」
「・・・・・・否定できないことが悲しいね。アルヴァ兄」
「皆まで言うなベリア。それはあの人の使い魔になった時点で了承済みだ」
見上げてそう言ってくるベリアに、アルヴァは諦めの胸中で首を振った。
「そうですよ、ベリア。そんな話は今更ですよ。そう、今更なんです・・・・・・・・」
レジルの独白にも似た言葉が、空しく蒼空に溶け込んだ。
「――――って、本当に皇子様本人に会わせる気なの?」
「あ?何だ突然・・・・・・んな一々お伺いを立てて、スケジュールに合わせて・・・・・なんてそんなことしてたら、会えるのなんざぁ何ヶ月も先になっちまうぜ?」
「いや、僕が言いたいのは、そんな不審人物を皇子本人に会わせようとしていいのかってことなんだけど・・・・・」
王城の中でも尤も奥まった場所へと続く回廊を歩きつつ、ウォーリッヒはここに来るまでの間ずっと思っていた疑問を口に乗せた。
実のところ、ウォーリッヒの”お使い”の相手先はこの王城である。
お使いを頼まれた人から正式な書状も貰っているので、いざとなったらそれを見せれば問題もすんなりと解決するだろう。
身元証明に関しては、それで何も問題ないはずである。
問題はウォーリッヒの一歩手前を歩く騎士団団長その人。
証人の名前に皇子の名を上げたウォーリッヒに、この男は「じゃあ、本人に直接会って確かめさせるか!」と実にとんでもない事をさらりとのたまったのだ!!
流石のこれにはウォーリッヒも眩暈を感じずにはいられなかった。
いったいどこの世界に、仕える皇子に不審人物を会わせようとする臣下がいようか。
いや、実際には目の前にいるんだけど・・・・・;;
しかし常識的に考えてみても、これは明らかに異常だろう?!
この男の辞書には常識という文字はないのだろうか・・・・・・?
自分が常識から一歩外れた位置にいるにも関わらず、ウォーリッヒは訝しそうに思った。
「別に構わないさ。万が一、お前が殿下に手を出そうとするのならお前が仕掛けるよりも早く、この俺が叩き斬ってやるからな」
「ふーん。大した自信だねぇ・・・・流石は団長さんのことだけはあるか。責任感とそれに見合うだけの実力を持ってなきゃ、人の上に立つなんてできないからね〜」
「ほぅ。随分と知ったような口を利くじゃねぇか・・・・ま、正論だがな」
シーザーは面白そうに口の端を吊り上げながら頷き、ウォーリッヒの言ったことに同意を示す。
そう、高い地位というのはそれに見合っただけの見返りを要求される。
シーザーの立場でいうなら、高い指揮能力と統制力、功績などつねに結果を求められる。
それができない者は容赦なくその地位から引きずり落とされる。そう、彼の前の上司は正にそれであった。
「・・・・ところで、本当に会えるの?」
「会える。城下にふらりと遊びに出なければ、おそらく中庭辺りにでもいるはずだ」
「失礼だねぇ・・・・・近日中に旧友が訪ねてくると連絡を受けたから、ここ数日は大人しく城に閉じ篭っていたというのに・・・・・・・・」
「Σうわあぁっ?!!しゃ、シャン!お前、何処からふって沸いて出てきた!!!!」
「ふって沸いたって・・・・・それはあまりにも酷くないかい?シーザー。まるでボウフラか何かのように・・・・・・・・」
傷ついちゃうな〜。とさして傷ついてもいなさそうに、にこやかな表情で笑いかけてくるのは金髪に蒼い瞳をした美丈夫。
金色の美丈夫は、シーザーから彼の半歩後ろの位置に立っているウォーリッヒへと視線を移す。
彼の有する色と対を成す白銀の輝きを認めた瞬間、彼は浮かべていた笑みを益々深いものへ変えた。
「久しぶり・・・・・・・三年ぶりだね、ウォール」
耳に心地よく響く声が、ウォーリッヒの愛称を呼んだ。
シャン―――シャン・レドガリア。ウォーリッヒ達がこれから会いに行こうと思っていた人物、その人であった。
天上に輝く太陽にも負けないくらいに眩しい笑顔を、ウォーリッヒへと向けてくる。
ウォーリッヒもその呼びかけに応えるべく、その顔に満面の笑みを浮かべた――――――。
2006/6/21 |