「―――っと、おいラディアス!これでいいか?」
「あぁ、大体は整ったな。多分これでいいはずだ」
ラディアスの指示通りに物の配置を置き換えたシーザーは、ぐったりとした体で近くの柱に寄り掛かった。
「だぁ〜っ!何で態々置いてある物の置き位置を換えにゃあならんのだ!!」
「より気を流れやすくするためだ。一部気道が塞いがれていた所があったからな、そのための移動だ」
思いもよらなかった重労働に、シーザーは不満の声を上げた。
ラディアスはそんなシーザーの様子は目に入れず、周囲を見渡しながらしれっと答えた。
「へぇ〜。魔法使いはそんなこともわかるのか」
「そうだな。皆とは言わんが、ある程度熟練した魔法使いだったらわかると思うぞ?」
「ふ〜ん。そんなものか・・・・・おっ!来たようだな」
「ご苦労様です。ラディ、シーザー団長」
「待たせたね、ラディアス、シーザー」
コツ・・・・と靴音が開けた空間に広がる。
現れた二人の姿(厳密に言えば一人)を見て、シーザーは数度瞬いた。
「それが魔法使いの正装なのか?ウォーリッヒ」
「そうです。といっても正装のデザインは個人で異なりますが・・・・・ラディの正装ももちろんこれとは異なっていますよ」
「ん?・・・・・・あ〜、確かに・・・・・・。ところでウォーリッヒ、なんで言葉遣いが変わってるんだ?キャラが北極星と南極星くらいに違ってるぞ?」
「普通に間逆だと言って貰ったほうがわかりやすいです。これは仕事仕様ですから、この儀式の間だけです」
正装した時に結っていた髪を下ろしたらしく、頬に掛かる髪をウォーリッヒは鬱陶しげに払いながらシーザーの疑問に答える。
余談だが、髪を下ろしたウォーリッヒは普段よりも中性的な顔になる。普段も時々女の子に間違えられることがあるので、その境界線はよりあやふやなものになる。
以前、そのことをラディアスに指摘されたウォーリッヒは大層嫌そうな顔をした。
実際年齢よりも幼く見られて、性別までも間違えられるなんて・・・・・・・。
ウォーリッヒは疲れたように悄然と肩を落としたものだ。
「・・・・・だったら俺に会った時のあの言葉遣いは何だったんだよ?」
「お偉いさん向けの猫がたまたま表に出ただけですよ」
「お偉いさんって・・・・・・・俺は別段偉くないだろうが。つか、いつも地位の高い人にはんな態度で接してるのかよ?」
「そうですね、余程親しい方を除けば皆この態度です。あ、ちなみにどうしてシーザー隊長にこのキャラで接したのかというと、騎士団とか何かしらの職で高位についている人の中にはやたらと自尊心だけが高い人がいますから、その人対策ですね」
いっそ爽やかな程に笑みを浮かべて、ウォーリッヒはそう言い切った。
シーザーはそんなウォーリッヒの言い分を聞いて、げんなりとした様子で息を吐いた。
「・・・・・・用意周到だな、お前・・・・・・・」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、どっちかっつうと褒めてないから・・・・・」
「そろそろ儀式を始めたいけど、いいかい二人とも?」
「ウォーリッヒ、ガヴェルト団長で遊ぶのもいい加減にしろ。日が沈むぞ」
「えぇ、もちろんわかってますよ♪」
「遊ぶって、お前なぁ・・・・・・」
もう、疲れた・・・・・・・。
疲労の色をさらに濃くさせたシーザーは、悄然と肩を落とした。
ラディアスは慰めるかのように、シーザーの肩に手を乗せた。
ちっとも慰められてる感がしない・・・・・。
所詮は他人事である。
「・・・・・あぁ、そうだ。ラディ、これを預かっていてください」
ウォーリッヒはそう言うとラディアスに向かって徐に腕を振った。
「っと・・・・・おい、これは・・・・・・」
「この儀式では邪魔になるので」
ウォーリッヒから投げ寄越された物を見て、ラディアスは訝しげに微かに眉を寄せた。
問い掛けるような視線を寄越すラディアスに、ウォーリッヒは一言だけ答える。
「それでは、始めましょうか。シャン、こちらへ・・・・・・」
「あぁ・・・・・」
ウォーリッヒに促されて、シャンは修練場のほぼ真ん中へと足を進める。
少し間を空けて、二人は向かい合った。
「創造されし時より受け継がれし聖なる神具よ・・・・・・・」
ウォーリッヒが詠唱を始める。
それと共にさわりと空間を満たしていた空気が動きを見せる。
「闇を裂き、光を招き寄せる器よ。汝の役割は闇を断ち切り、闇を薙ぎ払い、闇を封じること・・・・・・・」
ウォーリッヒの足元を中心に複雑で巨大な法陣が姿を現す。
その法陣は淡い光を放ちながら部屋全体へと広がっていく。
無数の仄白い蛍火が飛び交う。
「なるほどな・・・・・これでは大魔道士以上でなければ『継承の儀』を行えないだろうな」
部屋を埋め尽くさんばかりの法陣を見て、ラディアスは納得したように頷いた。
「あ?どういう意味だ??一人で納得してないで俺にもわかりやすく説明してくれ」
一人で訳知り顔をとるラディアスに、シーザーは顔を顰めつつ説明を求める。
ラディアスはそれに一つ頷くと、視線を目の前の法陣へと向けた。
「この魔法陣がとっても複雑だってことは見ただけでもわかるよな?」
「あぁ・・・・俺がこの陣の意味を理解して、構築及び創造しろっつわれても絶対に無理なのはわかるな」
シーザーも足元に広がる魔法陣を見て、同意するように頷いた。
「まぁ、どうしてこんなに複雑なのかはわかる。これは『三十封結陣』だ」
「は?今何て言った??」
「『三十封結陣』。文字通り”三十層に亘る結界陣”だ・・・・・・」
「さんじゅっ?!・・・・って、おい。んな規格外な魔法があるのか?」
「事実、今目の前で発動されてるだろうが。・・・・まぁ、そんな魔法があることは書物を読んで知ってるから知識としてならあるんだが、実際にやるとしたらな・・・・・多分、できるやつなんて両手で数えられるほどなんじゃないのか?」
「・・・・あ〜、だから大魔道士以上じゃないといけないんだな?」
普通、一般的な魔法使いが扱える結界の数は三が限度だ。上級魔道士の中には十七まで結界を張れる者がいないでもないが、その数字からみれば”三十”という数字がどれだけ強大なのかがわかるだろう。
実際、大魔道士だからといって全員が『三十封結陣』を扱えるわけではない。精々三・四人といったところだろう。
無論、五大聖者は全員が扱えるが、老年し力の衰退によって完全に制御することができなくなってしまった者もいるので、今現在”扱うことができる”者はと言った方がいいだろう。
ちなみに、ラディアスは二十四まで結界を張ることができる。
「で、三十個分の結界を文字で記せばあれ位膨大になってもなんらおかしくはないからな。当然と言えば当然だな」
「は〜。俺は一個が関の山だっつーのにな・・・・」
「だが、『神具の解呪』と『三十封結陣』の同時進行なんて恐ろしくきつい話だな」
「・・・・・・・は?」
『神具の解呪』???
シーザーは訝しげにラディアスを見返す。
「ウォーリッヒが今唱えているのは『神具の解呪』の呪文だろう。どういった仕組みかは知らんが、解呪の呪文を唱えると連動して『三十封結陣』が発動する仕組みになってるようだな・・・・・・。ふむ、神具の力を解放するにあたって、放出される膨大な力を押さえ込むために『三十封結陣』が必要になるわけだ」
ラディアスは興味深そうに魔法陣を眺め、呪文を聞いている。
「・・・・・そんなに神具の力は垂れ流しの状態でも凄いのか?」
「あぁ、凄いんじゃないのか?この規模の結界魔法が必要となると、王城どころか下手をすればこの王都くらい簡単に消し飛ぶんじゃないか?」
「消し飛ぶって・・・・・何重要なことをさらっと言ってるんだよ?!」
「まぁ、シャンの奴がちゃんと神具に主と認めて貰えれば、無事に強大な神具の力も制御されるからな。仮に認めて貰えなかったとしても、この『三十封結陣』がそのまま神具を封じ込むだろうから問題はないだろう」
やけに自信たっぷりに話すラディアスに、シーザーは疑わしげな視線を送る。
「ラディアス・・・・お前、『継承の儀』の遣り方は知らんと言ってなかったか?・・・・それと俺のカンだが、今のお前の説明は一般の上級魔道士は知らないと思うぞ?」
「お!よくわかったな、ガヴェルト団長。恐らくこの光景を見て、直ぐに『神具の解呪』と『三十封結陣』だってわかるのは上級魔道士ではウォールか俺くらいだろうな。俺は、まぁ・・・・書物を読んで知識としは知ってるがそれだけだ。『継承の儀』だって五大聖者から直々に教わるらしいからな。だから俺は詳しいことは知らないと言っている」
「お前、さっさと大魔道士になっちまえ・・・・・・・・」
「あ〜、無理無理!俺は知識があっても魔力が追いつかないからな。魔力不足で扱えない魔法なんて山程あるしな」
「・・・・・そうか」
もう、勝手に言ってろよ。
自覚なしの言葉はどう足掻いても嫌味にしか聞こえない。
お前で扱えない魔法が山程あるのなら、その他の魔法使い達は一体何なんだ?!と言いたくなってしまう。
駄目だ、もうこの話題は考えないことにしよう。
そう決めたシーザーは改めて視線をウォーリッヒへと移した。
解呪の呪文は終わりに差し掛かっていた。
「―――汝の形状は剣。汝の象徴は勇気。汝の属性は火」
ふわりと神剣はウォーリッヒの手から浮かび上がる。
「汝の名はルートグラヴィス!!!」
ウォーリッヒが詠唱を終えると同時に、宙に浮いていた剣が眩い光を放つ。 立会人として儀式を見ていたラディアス、シーザーは己の腕を翳して咄嗟に目を庇う。
修練場全体が白の洪水で溢れかえった。
「おい、目を開けろ」
ふいに投げかけられた言葉に、シャンは閉じていた瞼を持ち上げる。
開けた目に飛び込んできたのは白。
上も下も、左も右を見ても一面白色をした世界が目の前に広がっていた。
「・・・・・・ここは・・・・・・」
「俺様が作り出した擬似空間だ。継承の儀で神具に認めてもらうためにはどうすればいいのか、お前は知ってるか?」
白き空間からどこからともなく現れたルートスは、にっと口の端を持ち上げて試すようにシャンに問い掛ける。
問われたシャンはというと、わからないものはわからないので素直に首を横に振った。
「いや・・・・正直に言うとよくはわからないね。神具それぞれの判断基準で主と認めているって聞いてるから、一体どんな基準でなんて私にはわからないよ」
「まっ、それが普通だな。お前が言ったとおり、俺達はそれぞれ独立した意思を持っている。で、個々で違う価値観も持ってるから、『こういう奴が自分の主だ』っていう考えもそれぞれだ」
ルートスは意地悪げに問い掛けたにも関わらず、シャンが首を横に振ったことは左程気にも留めずに当然だと首を縦に振る。
そして神具がどうやって主と認めるかについての説明を始める。
「へぇ〜。それではどうやって『認める』の基準を決めるんだい?」
「あぁ、そんなことは簡単だ。そいつの『心』を示して貰えばいい」
「心?・・・・それはまた、抽象的で難しいものだねぇ」
「そんなに難しく考えるな。ようはお前は神具を手に入れるにあたって、その心意気を示せばいいんだ。こうありたい、こうしたいっていう心の在り方だ」
「そう言われてもねぇ・・・・示すとは具体的にどうすればいいんだい?」
今一つ、把握しきれないシャンは具体例をルートスに求める。
それに対し、ルートスは軽く肩を竦めて仕方ないなといった体でその質問に答えた。
「手段は問わない。行動で示すなり、言葉で示すなり・・・・・何でもいい。お前の『想い』を俺に届けろ」
「想い・・・・・」
「貴様は俺をどう使いたい?応えろ!!」
今までにない、ルートスの厳かで粛然とした声が空間を震わす。
シャンはそんな声に押し潰されることなく、しばらくの間考えた後に徐に口を開いた。
「私は・・・・・そうだな、民の平穏を護る為に使いたい」
「俺はガレスタシア国の皇子に聞いているんじゃない。シャン・レドガリア、お前に聞いている」
ルートスの厳しさを孕んだ鋭い眼光が、シャンのコバルトブルーの瞳を射抜く。
常人なら竦み上がってしまような鋭利な眼差しを臆することなく受け止め、シャンは逆に毅然とした態度でそれを見返した。
シトリンとアクアマリンが激しくぶつかり合う。
「もちろん、私は私として応えさせて貰っているよ。これは皇子としての言葉じゃない。ただのシャンとしての言葉だ」
「ほぅ?お前はお前としてこの国の民を護りたいと?」
「あぁ、私は一個人としてこの国を愛している。そしてその国に住まう民ももちろん愛している・・・・・私の言っている言葉が皇子としての言葉に聞こえるのは私がそういうものであるからだろうね」
「そういうもの?」
「そう。皇子としてシャン・レドガリアが在るんじゃない。シャン・レドガリアとして在るから皇子なんだ。私が私でいる限り、皇子として在るのは当然のことで変えがたい事実だろうね」
「へぇ〜。面白いこと言うじゃね―か、お前」
ルートスが些か興味を惹かれたように声を上げた。
「そうかな?・・・・・でも、おそらく私は死ぬその瞬間まで王族の一人として在るだろう、実権を持っているいないに関わらず、その魂自体がそうで在り続けるだろうね。これは想像がつくな」
「死ぬ瞬間までときたか!ははっ、お前面白すぎ!!今までそんなこと言った奴は一人もいなかったな・・・・よし!お前が俺の最後の質問に満足のいく答えを返してくれたら、認めてやってもいいぜ?」
口元に力強い笑みをはき、悠然と腕組みをしてルートスはそう言った。
シャンも改めて居住まいを正し、ルートスに問い掛けた。
「・・・・それで?最後の質問とは?」
「お前は民の平穏を護りたいと言った。では、民の平穏が脅かされた時お前はどうする?」
最後の質問。
それを聞いたシャンは、太陽と称されてもいいような鮮やかな笑みを口元に浮かべた。
「そんなこと、聞かれるまでもない。この手に剣を携え、戦いに身を投じるに決まっている。自分は安全な所で悠々と構え、その間に民達が死んでいくなんて冗談じゃない。私も共に戦う道を選ぶ」
己の掌に視線を落とし、それを握り締めて拳の形を作った。
「はっ!その見かけ優男、軟弱そうな体でよくも言えたな。まぁいい・・・その言葉、決して違えることは許さないぞ?違えた場合俺は即刻お前を見放すからな?覚悟しておけ」
そんなシャンの様子を見て、ルートスは酷く楽しげに笑った。
宙に向けて腕を一振りする。
すると、何もない空間から溶け出すようにルートスの本体である神具――ルートグラヴィスが現れた。
剣はルートスの手の中に納まる。
ルートスは剣を持ち直し、その切っ先をシャンへと突きつける。
ピタリと、寸分の互いもなくシャンの鼻先で剣先が静止する。
一方、剣を向けられたシャンはそれに怯むことなく、泰然とした様子で駄目押しと言わんばかりに口を開いた。
「安心してくれていいよ。違えることなど、万に一つもない」
それは正に人の上に立つ者の顔。
「言い切りやがったな・・・・・しょうがねぇ、お前を主と認めてやるよ。剣の柄に手を添えろ」
「・・・・こうかい?」
「あぁ、そうだ」
シャンは差し出されたルートグラヴィスの柄へと手を伸ばす。
剣の柄に添えられたシャンの手に、ルートスの手が添え重ねられる。
ルートスは手を添えると静かに目を閉じた。
ふわり。
空気が柔らかく動いた。
ルートスを柔らかな金色の燐光が取り囲む。
その姿に正に神聖さを感じた。
「我、ルートグラヴィス。今をもって汝シャン・レドガリアを主と認め、分かつその時までこの力を預けることを承認する――――」
ルートスがそう言うと同時に剣が鳴動し、剣の中央に飾られた紅い宝石がさながら炎のように鮮やかに光を放った。
白の空間が紅に染め上げられていく――――――。
ジェネシス5632。ガレスタシア国、ガゼリア21年。
王位継承者第一位シャン・レドガリアを、神具ルートグラヴィス主と承認す―――――。
2006/8/15 |