〜4.暁の王子と神剣V〜








気配もなく唐突に現れた赤銅色の髪をした青年。


「なっ?!貴様、何者だっ!!?」


突如として姿を現した青年に、シーザーは警戒心を顕に厳しい表情で睨み付けた。
条件反射で佩びていた剣の柄に手を伸ばす。


「ストーップ!シーザー団長、ちょっと待って!!」

「あ?ウォーリッヒ、こいつを知ってるのか?」

「知ってる!知ってるから、マグロの解体ショーの如く切り落とすのは止めて!!」

「いや、誰もそこまでやるとは言ってないし・・・・・・・」


今にもルートスに斬りかかろうとしていたシーザーの腕にしがみ付き、ウォーリッヒは制止の言葉をかける。


「うわぁ〜、いきなり斬りかかろうとするなんてな・・・・・ウォーリッヒ、俺やっぱ元の場所に帰っていいか?」

「だめだめ!ぜっったいに駄目!!そんなことになったら、僕の方がお爺達に怒られるじゃないかっ!!」


気分を損ねたように、ルートスは仏頂面でそうウォーリッヒに問いかける。
その問いにウォーリッヒは、ブンブンと首を大きく横に振って否を唱えた。


「別にいいじゃんか、次の奴はだめでした〜って言えば」

「儀式もしないうちから何言ってるのさ!!」

「俺、こいつのせいで大いに気分を損なわれさせられたからな〜」


ルートスはそう言って、半分に据わった眼をシーザーに向けた。
じと眼で視線を寄越してくるルートスに、シーザーは鋭い視線を投げ返した。


「この人がどんなであれ、儀式には関係ないだろ?重要なのはシャンであって、シーザー団長じゃないだろ?」

「ん?どうしてシーザーは関係なくって、私には関係があるんだい?ウォール」


聞き捨てならないと、シャンはウォーリッヒに問いかける。
先ほどからルートスのご機嫌取りに必死だったウォーリッヒは、ふと思い当たったように瞬きをした。


「・・・・あ、そっか。まだ紹介してなかったね。彼の名前はルートス。僕のお遣い内容であるお届け物のご本人」

「あ?何言ってるんだウォーリッヒ。お前が届けるのは神具だったはずろ?何でそいつが関係あるんだよ?」

「・・・・・まさか・・・・・ウォール、そこにいる奴は・・・・・・・」


何やら考え込んでいたラディアスは、はっとした表情を作り、何かに気づいたようにルートスに視線を向けた。
呟きにも似たラディアスの言葉を聞いて、ウォーリッヒは悪戯がバレた小さな子供のような顔をして笑った。


「あ、やっぱりラディはすぐにわかったみたいだね?」

「あ、あぁ・・・・・けど、そうほいほいと姿を現していいのか?」

「だってさ。そこのところどうなの?」


ラディアスの困惑の滲んだ問いを、ウォーリッヒは隣に立ち並んでいるルートスに振る。
質問を振られたルートスは、軽く肩を竦めて答えた。


「他の奴らがどうなのかは知らないが、別にいいんじゃねぇの?俺自身がいいと思ってるならさ」

「とのことだから、よかったね〜シャン。フレンドリーな相手だから意思疎通も結構簡単にできると思うよ?」

「あ〜、何となく理解できたよ。確かにそれだったらとっつき易い方がいいかもしれないね・・・・・・・・」

「・・・・・・おい。今の会話でものすご〜く嫌な仮定が頭を過ぎったんだが・・・・・・・」


漸く合点がいったと納得顔で頷くシャンとは対照的に、シーザーは顔を引き攣らせつつタラリとこめかみに冷や汗を伝わせる。


「嫌な仮定って・・・・・どのくらいの?」

「そうだな・・・・・・愛犬と遊んでいて棒切れを投げて拾って来させたはずなのに、そいつが拾ってきたのが人の髑髏(しゃれこうべ)だったっつー位に嫌な仮定だ」


どんな状況だよ。


「ん〜、何ともシュールな光景だね。それほどに意外?」


つっこむ所はそこでいいのか?


「意外も意外だ。俺の想像としてはもっとお堅い奴かと思ったんでな・・・・・・・」


もう、イレギュラーな展開に慣れてしまったのか、シーザーはウォーリッヒの問いかけに至って冷静(?)に答えて返した。


「さて、そんな風なことを思った貴方!さあ、彼の正式名称を答えてください♪」

「はぁ〜。わかってて言わせるんだな?そうだよな?」

「ちなみに、だ。俺の名前を間違ったら、末代まで祟ってやるという素敵に豪華なプレゼントが用意されてるからな?」

「それのどこら辺が素敵に豪華なんだよ・・・・・・・」

「この俺が直々に祟ってやるって言ってる辺り?」


疲れたように言うシーザーに、追い討ちを掛けるようにルートスが煽る。


「さぁ、俺の正式な名前は?答えろよ」




「・・・・・・・・・・神具、『ルートグラヴィス』だろ?」




「ちっ、正解だ」


正解されたことが気に食わないのか、ルートスは残念そうに舌打ちをする。

さて、今まで彼の紹介をしていなかったが、ここまで来れば皆さんお分かりのことだろう。
ルートス・・・・・『ルートグラヴィス』は、邪神ヴァスタローテを封じた八つの神具の内の一つなのである。
八つの神具はそれぞれ異なった形状、象徴、属性を有している。
簡単に説明すると、




『ルートグラヴィス』――形状は《剣》。象徴するものは《勇気》。属性は《火》。

『ランソアート』――形状は《槍》。象徴するものは《正義》。属性は《雷》。

『アルゼオックス』――形状は《斧》。象徴するものは《泰然》。属性は《木》。

『ラナボウケル』――形状は《弓》。象徴するものは《堅実》。属性は《水》。

『シールディアム』――形状は《盾》。象徴するものは《守護》。属性は《土》。

『ミハリオン』――形状は《鏡》。象徴するものは《知識》。属性は《金》。

『トヴァーレオ』――形状は《聖杯》。象徴するものは《慈愛》。属性は《光》。

『バレンスティア』――形状は《天秤》。象徴するものは《秩序》。属性は《闇》。




といった感じになる。
もちろん、その内に秘めた強大な力を持っていたために形成された個性・意思も皆バラバラである。

ちなみに、ルートスが何もない空間から唐突に姿を現すことができたのは、本人が実体化しようと思わない限り人目に映ることはないためであった。


「まっ!当然でしょ。だって僕、さっき『お届け者ご本人』だって言ったしね・・・・・・正解して当然?流石に気づかないわけないでしょ?ラディやシャンだってすぐにわかったしね」

「まぁな。俺は八本柱だぞ?それ位気づかないと拙いって」

「話には聞いてるしね。神具は意思を持ち、人型を取ることができるということは」


いや〜、全く違和感がないんだねぇ。徒人と見分けが全くつかないよ。

シャンは感心したような、好奇心を多大に含んだ視線をルートスへと向ける。


「ま、考えてみれば直ぐにわかることだろ?だが、俺としてはここは話を面白可笑しくするために是非とも間違って貰いたかったんだけどな」

「あははっ!それよりも、神具が人を祟るなんて洒落にもならないって。それ、絶対に変だから」

「できないことはないと思うぞ?まぁ、神聖視されてるからこそそんなこと言えるんだろうがな。呪いの剣っつーもんだってあるんだから、祟る剣があってもいいだろ?」、

「そういう問題じゃないと思うんだけどねぇ・・・・・・。まぁ、その話は脇に置いといて、何で儀式にストップ掛けたの?」


そう。ウォーリッヒ達が”神具継承の儀”を行おうとしたところに制止を掛けたのは、ルートス自身に他ならない。
ルートスは何故制止の言葉を掛けたのか、それがウォーリッヒが疑問に思っていたことである。

不思議そうに問いかけてくるウォーリッヒに、ルートスは呆れたように息を吐く。


「何故ってなぁ・・・・・・・・それはこっちの科白だっての。何普通に儀式をしようとしてんだよ。初めてだぞ?正装の格好をしないのも、聖気の濃い場所で儀式をしないのも、お偉いさんの立会いなしに儀式をやろうとしてるところもな。そりゃあストップも掛けたくなるって・・・・・・;;」

「何で?別にそんなことしなくても儀式はできるでしょ?お偉いさんって言ったってここに八本柱と騎士団団長だっているんだし、立会人も問題なしでしょ??てか、そんな細々と準備するの、かなり面倒臭いじゃんか」

「お前、絶対最後のが本音だろ?」

「嫌だなぁ〜。僕は時間と経費と労働力の無駄だって言ってるだけじゃないか」


半眼になって真意を突いてくるルートスに、ウォーリッヒは実に胡散臭い笑顔で至極尤もな科白を返す。


「あのなぁ・・・・こういった儀式は荘厳さと厳粛さが求められるものだろ?普通。何あっさり質素に済ませようとしてんだよ・・・・・・・・そこにいる皇子も魔法使いも、何普通に流してるんだよ」


今現在のウォーリッヒの服装は旅装で、シャンは服の生地は確かに高価であろうがとても簡素なデザインの服を着ている。
確かにこれでは神聖さも何もあったもんじゃない。


「私はそんなこと気にしない質なんでね・・・・・・そうか、そう言われてみれば、これはかなり重要な儀式だったね・・・・・・・・」

「俺は儀式はどんな風に行うのか、具体的には知らないからな。それでいいんだったら・・・・って感じで見送ったんだが・・・・・・・」

「あぁ、わかったもういい。ならせめて服装と場所は考えてくれ。立会人はそこの二人がいれば十分だろう」

「そうだね・・・・服装はともかく、場所は変えたほうがいいかもね」

「ん?何故だい?」


場所を変えることには賛同するウォーリッヒに、疑問に思ったシャンは問いかける。
ウォーリッヒは見えない何かを掴むような仕草をしつつ、ゆっくりと周囲を見回しながら答える。


「そんなに大した問題じゃないんだけどね。この場所、とっても気が散じ易いんだよね・・・・・・儀式とかをするなら、気を集めやすい場所の方が確かにいいと思うよ」

「あぁ、成る程な。だったら『修練の間』を使うといい。あそこなら元々精神を鍛えるための場所だから気を集めやすいし、造りも聖堂に似てるからな。儀式にはぴったりだろ」

「修練の間か・・・・・あそこだったら今は空いているだろうしね、丁度良いか。なら、そこにするかい?」

「ラディがそこならって言うんだったら良いだろうし、僕に異存はないよ」

「それならさっさと着替えて儀式をしようか。早くしなければ日が沈んでしまうからね」


シャンはそう言って視線を外へと向ける。
夕暮れが近いのか、青空の西側は薄っすらと黄色を帯び始めている。


「それじゃあ、ラディとシーザー団長は先に修練の間に行って場所を整えておいてよ。僕とシャンはその間に着替えるから」

「わかった」

「ってか、何で俺まで手伝わされなければならんのだ?」

「手、空いてるんでしょ?少し位手伝ってくれたっていいじゃない?」

「はぁ・・・・・わかった。手伝ってやるよ」

「うん!ありがとう♪」

「・・・・・・・・・」


笑顔のまま『もちろん手伝ってくれるんだよね?』と脅しを掛けられれば、きっと誰もが断れないだろう。


「じゃあ先に修練の間に行ってるからな。行こうか?ガヴェルト団長」

「うん、着替え終わったらすぐに行くから」

「すまないね、シーザー」

「シャン、顔は全然すまなそうじゃないぞ?」

「そこは気にしない」

「・・・・・・・・・」


誰か俺の味方はいないのか?!

意外にも四人の中で一番常識人(立場が弱いとも言う)なシーザーは、内心でそう嘆いたのだった。







彼らがいる限り、シーザーに心の平穏はやって来ない。絶対に。















2006/7/7