〜5.再会と追憶と閑談U〜








城の最奥。
数限られた者しか立ち入ることができない王の寝室。

一人では有り余る程に大きなベッドに、部屋の主はいた。

この国の王が体が弱いことは有名すぎるほどに有名だ。
噂通り、病弱がちな彼の人は一日の大半をベッドの上で過ごしていた。
余程重要な書類でない限り、その大半を自分の息子に処理を任せているほどなのだ。
もう引退していると言っても過言ではないほどに政務から離れがちである。
数年前まではそれほど酷くはなかったが、三年前のあの事件によって病弱体質が悪化。
以来、ベッドの上から離れたことなど簡単に数え切れてしまう。

そんな病弱無能王の枕元に、ふわりと影が降り立った。

それまで目を瞑っていた王が、ゆるりと瞼を持ち上げてその影へと視線を向けた。


「あぁ・・・・三年ぶりだな、ルートスよ」

「おぅっ!久しぶりだな軟弱王。相変わらずちゃちな体してるんだな・・・・・・ところで、老けたか?」

「老けてはおらん!・・・全く、開口一番に言うことがそれか」

「ははっ!いや〜、久々にお前の辛気臭い顔を見たからか?何だか以前にもまして疲れが顔に滲み出てるように見えるぞ?」

「一日中ベットの上におるのに疲れるはずがなかろう?お前の気のせいだ、気のせい」


面白そうに顔を綻ばせて話し掛けてくるルートスに、王―――バルト・レドガリアは疲れたように言葉を返す。
日々の生活よりも、彼の相手をすることの方が何倍も疲れるのは自分の思い違いなのだろうか?


「・・・・して、何用ですかな?最早貴方の主ではなくなったこの私に」


そう。ルートス―――ルートグラヴィスの以前の主はバルトであった。

普通、一度神具の主となった者は死ぬその時までずっと神具の主である。
しかし、バルトは一度神具の主になったにも関わらず、この世を去る時よりも早くに神具との契約を破棄している。

それは何故か。

理由は至って単純明快。
ルートグラヴィスを”魔術師の塔”へと還すために契約を破棄したのだ。
主のいない神具は”魔術師の塔”に厳重に保管される。
三年前の暗殺未遂事件の際に、バルトはルートグラヴィスの安全を考えて一旦”魔術師の塔”へ還すことにしたのだ。
しかしここで問題になるのが神具の所有者権についてである。
神具と継承者の間で行われる契約の履行はただ一度のみと決まっているのである。
つまり、一旦でもその契約を破棄するということは、再びルートグラヴィスと契約を結ぶことができないということである。
それすなわち神具の所有者権の破棄。
バルトはその決まりを知っていて尚、神具を”魔術師の塔”へ還すことにしたのだ。
ジーク・ド・アルバスに神具を奪われる危険性が高いと考えたバルトは、神具の安全を優先したのだ。
”魔術師の塔”であったならば、いくら腕利きの者といえどそう易々とは手を出せないのは確か。
こうしてルートグラヴィスは事件の後、”魔術師の塔”へと返還されることとなった。

そして今、そのルートグラヴィスが目の前にいる。
主ではなくなってしまった自分に何の用があるのか。
そう疑問に思っても仕方ないことだろう。

バルトの質問を受け、ルートスは思い出したと言わんばかりのリアクションをした。


「いや、お前に報告しようと思ってな・・・・・・。今日、というかついさっきだな。『継承の儀』を行ったんだが・・・・・・」

「は?誰か五大聖者殿が大魔道士殿でも来られたのか?そんな報告は何も受けていないのだが・・・・・・・」

「や、あいつらは誰も来てないぞ。今回、儀式を行ったのはウォーリッヒ・ハルデルトという名の上級魔道士だ」

「ウォーリッヒ?・・・・あぁ、風の魔道士殿か。彼ならば『継承の儀』を行えるだろうなぁ・・・・・・・」

「は?」


風の魔道士?誰が??


「?ウォーリッヒ殿だろう?銀髪に瑠璃色の瞳をした少年魔道士の」

「あ、あぁ・・・・・そうだ。あいつだ」


(ウォーリッヒ〜!お前、自分が風の魔道士だってこと黙ってやがったのかぁ―――っ!!)


嫌だなぁ。僕、自分が風の魔道士じゃないって否定した覚えなんてないよ〜?

内心罵倒するルートスであるが、ウォーリッヒが食えない笑みを浮かべてそう反言する様が容易に想像できた。
彼なら必ずそう言うだろう。


「して、候補者は誰であったのだ?」


バルトは居住まいを正すと、神妙な態度でルートスにそう質問した。
それに対し、ルートスはにまっ!と笑みを浮かべると、


「お前の一人息子だ。喜べ、俺の新しい主に決まったぞ♪」


如何にも機嫌良く、ルートスはつい先程あった出来事を話した。


「おぉっ!真か?よかった、よかった」

「おぅ!よかったなぁ〜」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「ぬぁに―――――っ?!!」


にこにこと笑い合っていた二人だが、ルートスの言った意味を理解したバルトは多大な絶叫を上げた。

がしっ!とルートスの両肩を掴むと、バーテンダーよろしく前後へと激しくシェイクする。


「貴様ぁ――っ!何でよりにもよって私の息子を主に認めたんだっ!!弟にも三人の息子と二人の娘がいる!今すぐ即行で契約を破棄してあっちと契約しろっ!今すぐ!!下手したら私の息子が命を狙われるじゃねぇ――かあぁぁっ!!!」

弟の子どもなら命を狙われてもいいのか?

さり気なく言葉遣いがとち狂って崩れているバルト。
もう、王族の威厳なんぞ彼方へと吹き飛んでしまっている。


「お、落ち着けっ!落ち着けってバルト!!」

「落ち着いてられるか――っ!私の命が狙われるだけなら兎も角、家族全員が命を狙われる危険性があったから”魔術師の塔”の老いぼれ五大聖者に守ってもらうために神具を還したというのにっ!これでは厄介払い安全を図ることができないではないかっ!!!」

「なっ!お前、所々本音が零れてるぞ!!つーか、そんなこと言うとこの国の守護になんか当たってやらないぞ?!」

「国の守護なんか知ったことかっ!私はシャンさえ無事ならそれでいいんだ!!!」


とうとう本音をぶち撒けちまったよ、この人。


「お前、親馬鹿なのはまだ直ってなかったのか・・・・・・・てか、いい加減離しやがれっ!!」


どげしっっ!!!

ルートスはバルトの鳩尾に膝蹴りを食らわせる。
そこで漸くバルトはルートスを振り回すのを止めた。

実はこのバルト、巷でも有名なほどの愛妻家である。
それはもう妻に下手惚れで、更に言ってしまえばそんな妻の容貌を色濃く継いでいるシャンもそれはもう可愛がりに可愛がりまくった。
ここまでを見たのならアットホームな家庭で済ませることができたのだが、病で妻が早くに他界すると一人息子であるシャンを心の拠り所にした。
別にそこは構わないのだが、何せ彼の愛した妻の面影を息子は持っている。
このことによってバルトの息子へと愛情は何倍にも膨れ上がり、重度の親馬鹿へと変貌してしまった。
バルトは妻のためなら一日に千里を走る馬の如く、病弱な体を動かすことができる人間である。
その超人じみた所業を行える王が息子に引っ付いて離れない。
そんな様、とても他所様になんぞ見せられるかっ!!!
というのが臣下一同の意見。

まぁ、そんなどうでもいい話は横へ置いておこう。


「ぐっ・・・・契約・・・・破、棄・・・・・げほっ!ごほごほっ!!がふっ!!!」


バルトは吐血した。


「はぁ・・・まだ言うか、こいつは・・・・・。いいからその口の端を伝い落ちる紅い液体を拭え、見苦しい」


見苦しいとか、そういう問題か?

血反吐を吐きつつ尚も言い募ってくるバルトを冷ややかに見下ろしつつ、ルートスは遠くを眺め遣った。


(こいつもこれ(親馬鹿)さえなければ立派な先導者なんだけどな・・・・・・)


彼の本来の働きぶりを一応知っているルートスは、諦念の思いを抱きつつそう考えた。



それからしばらくの間は口元を紅色を滴らせつつ言い募ってくる阿呆王と、それを足蹴にする神具の遣り取りが続いた―――――。
















「うーん、カトルの森かぁ・・・・誰を派遣しようかな?」


シャンは手元の報告書を眺めつつそう呟いた。
それには最近何者かの干渉によって森に立ち入ることができないという報告が事細かに書かれていた。

ちなみに、カトルの森はガレスタシア国の東側に位置する、霊性の高い森のことだ。
その土地条件からも、精霊やそれに連なるものが多く存在している大変貴重な森である。

最近、そのカトルの森で火事があったと報告があったが、立ち入ることができなくなったというのは今回初めて知らされたことであった。


「魔法か?それとも森にいる精霊の仕業??ん〜、どちらにしろ調べないわけにはいかないか・・・・」


神聖視されている森ではあるが、人の出入りはよく行われているのだ。

森の近くに住んでいる者は、狩や木の実、きのこなどの採集。または飲み水を汲みに行ったりなど、生きるために必要な資源を森から恵んでもらっている。
故にそこに入ることができなくなったというのは、それなりに深刻な問題なのである。

森の異変を調査してくれるよう、森付近の住民達からの嘆願書も貰い受けている。
この問題は早急の解決が必要だ。

食料ならば中央からの商人から買い取ればいいだろうと言えたらいいのだろうが、何分金がいる。
それこそ今まで自給自足を行っていたのに、それにお金が必要になってくると経済的に苦しくなってしまうだろう。

それでは彼らがこの先安定した暮らしを送ることができない。
民の穏やかな暮らしを願う立場としては、これは是非とも正確に、速やかに状況を把握したい。
そのためには信頼のおける適任者を調査員として送り込まねばならない。


「う〜ん。適任者、適任者・・・・・・・・・・あ!」


脳内に収容された人員名簿をめくっていたシャンは、ぴったりと該当する人物に思い当たり口元に笑みを浮かべた。


「ふふっ!丁度良く彼がいるじゃないか。彼だったら信頼性抜群だし、上手くいけばそのまま事件が解決するかも・・・・・・・・」




うん。彼しかいないね。





シャンは納得したように頷くと、早速書類の調査員項目に名前を書き込んだ――――――。













2006/8/31