「はぁ〜、久々に長々と話したなぁ・・・・・・・・・・」
ウォーリッヒは、ばふりっとベッドへ背中からダイブしながら息を吐いた。
ラディアスとかれこれ三時間くらいはぶっ続けで話しをしていた。
今までの旅の疲れと儀式で大量の魔力を消費したことが重なって、体は鉛のように重たく動かし難い。
しばらくの間ぼーっと天井を眺めていたウォーリッヒだが、ふと近づいてくる気配に視線を動かした。
気配は既に目と鼻の先にまで距離を詰めていた。
「ご〜しゅ〜じ〜ん〜さま〜〜っ!!」
今にも泣かんばかりの鼻声で、金色の猫――ベリアがウォーリッヒの懐に飛び込んできた。
ウォーリッヒはいきなり現れたベリアに驚きもせず、よしよしとその毛並みを撫でてやる。
「はいはい。泣かないの!第一、三日しか離れてないじゃないか」
「そ・れ・で・も!ずっとご主人様についていたいのに、レジル姉が言うから泣く泣く離れただけだよ〜」
「ほぅ、まだ言いますかベリア・・・・・。あまりしつこく言うと、流石の私にも臨界点を超えるのを抑えることはできませんよ?」
「う゛・・・・ご、ごめんなさい・・・・・・・」
「まぁまぁ、そう怒るなってレジル。ベリアの奴だって悪気があったわけじゃないんだしよ」
ベリアの発言に眦を吊り上げる白色の鷲――レジル。
そしてそんなレジルを赤銅色の犬――アルヴァが宥める。
レジルはアルヴァの言葉を聞いて、金色の眼を眇めつつ大仰に頷いた。
「当然です。これで悪気があったら、即刻ネチョネチョのグチョグチョのギッタギタにしているところです」
「どんな擬音語だよそれ・・・・・・・・・;;」
きっとレジルが言ったようなことを実行すれば、その後にはモザイクをかけなければならないほど凄まじい惨状が広がっていることだろう。
「ははっ!伝言役ご苦労様、ベリアにアルヴァ」
「えへへへっ!」
「主殿の命となれば、このような勤めは苦でもない」
労いの言葉を掛けるウォーリッヒにベリアは嬉しげに笑い、アルヴァはふっと微かに目元を和らげた。
そんな彼らを横目に、レジルは己の主に問い掛けた。
「ところで、用事も済んだならこの後は如何するのですか?」
「ん?あぁ・・・、しばらくはガレスタシア国にいることにするよ。折角来たんだからね・・・・・・三年振りだからあちこち見て回ろうかな・・・・・?」
「では、ガレスタシア国の情報を集めてきましょうか?何か面白そうなことがあればご報告しましょう」
「あれ?珍しいね。レジル、普段は僕が厄介ごとに首を突っ込むのは良い顔しないのに・・・・・・・」
ウォーリッヒは心底驚いたような表情でレジルを見る。
しかし、レジルはそんなウォーリッヒに冷たい視線を投げ寄越す。
「何故そこで貴方は面白いこと=問題事になるのですか?何か地域で催し物があればご報告しますと私は申し上げたんです。勝手に自分の良い様に解釈しないでください」
「え〜。・・・・・けど、まぁいいか。情報収集、頼むね」
「承知しました」
少々不満げに口先を尖らせつつも、ウォーリッヒはレジルに情報収集を頼む。
レジルもそれに簡素な返事を返して了承する。
そんな二人のやり取りを横で見ていたベリアは、自分の主を期待した眼差しで見上げる。
「ねぇねぇ、ご主人様!後はずっとご主人様の傍にいていいんでしょ?」
「うん、いいよ。今のところ特に頼みごともないしね。アルヴァはどうする?」
「主殿のお供をしよう」
「ん。それじゃあ明日からはレジル以外は僕と一緒に行動するってことで決まりだね」
今後の予定も決まったと、ウォーリッヒはすっきりしたような表情で笑う。
そうと決まればさっさと寝るかと、フカフカのベッドに潜り込んだ。
「あ〜、明日は城下を見て回るから・・・・・・・・・・それじゃあ、おやすみ〜」
「おやすみなさい!ご主人様」
「おやすみなさい。私は早朝より出かけますので・・・・・・・・」
「明日の朝食の時間には起こす。ゆっくり体を休めさせろ・・・・・では、おやすみ」
ベッドに潜り込み、くぐもった声でおやすみの挨拶をする主に、三匹はそれぞれ言葉を返した。
こうして彼らの慌しい一日は幕を降ろした――――。
男は空を見上げていた。
いや、厳密に言うと空からこちらへと近づいてくる存在を。
「戻ったか・・・・・」
男はそう言うと、すっと片腕を持ち上げた。
漆黒の闇に紛れて、同色の鳥が伸ばされた腕に舞い降りる。
多くは夜目がきかないはずの鳥が、何故こんな暗闇の中飛んでこれたかなど聞くことなかれ。
一見普通の鳥のように見えるそれは、実は男の使い魔であるからだ。
魔に属するもの達に夜目云々などあろうはずもない。
男の腕に舞い降りた使い魔は、男の肩へと移動してその耳に嘴を近づけた。
まるで内緒話をしているかのような光景。いや、実際に内緒話をしているのだろう。
主の耳にのみ入れる報告を。
「・・・・・そうか、ご苦労であった。引き続き監視をしていろ」
報告を聞き終えた男は、使い魔に尊大な態度でそう命じた。
命じられた使い魔は鋭く一鳴きすると、男の肩から飛び去って行った。男の命令を続行するために。
「お時間、よろしいですか?」
「フオールか・・・・・・・」
闇の中から長いフードを目深に被り、その裾をずるずると引きずっている、男よりも大分背の低い―――男にフオールと呼ばれた人物が姿を現した。
「はい、我が君。君のご指示通りに全ての箇所に諜報の者を潜り込ませました」
「ご苦労。これで下準備は済んだわけだ・・・・・・・・・」
「左様でございますね。後は彼らの働き次第ですから」
「後は時期を待つのみか・・・・・・」
男は視線を漆黒の闇の先に馳せた。
フオールにはそんな眼をするときの男は”何”を見ているのか知らない。もしかしたらそう思うのはフオールの勘違いで、何も見ていないのかもしれない。
「・・・・ところで、先ほどの使い魔は?」
「あぁ・・・、ガレスタシア国について報告に来たやつだ。どうやら新たな神具の持ち主が決まったらしい」
「何ですと?それはおかしいですな・・・・大魔道士や五大聖者にそのような動きを見せた者など、私は報告を受けていない」
男の言葉を聞いて、フオールは訝しげに眉を顰めた。
それに対し、男はさも当たり前だと言わんばかりに頷いた。
「当然だな。実際に動いたのは風の魔道士だ」
「風の魔道士!・・・・なるほど、あれなら継承の儀を行えるだけの力量は持ち合わせていますからな。奴らめ、上手く考えおったな」
「なかなかに小賢しい奴らよ。まぁ、こちらとしては好都合。・・・・・・・ボルゴ、ゾーラ」
「はっ、ここに・・・・」
「・・・・・如何なされた?」
男が名を呼ぶと、闇が揺らいで二つの影を生み出した。
一つは人間の胴体に牛の頭を持つもの。また一つは人間の胴体に馬の頭を持つもの。
彼らも共に男の使い魔である。
「ガレスタシア国に行き、ルートグラヴィスの主を見極めてこい」
「「御意に」」
男の命令に、使い魔達は声を揃えて返答を返した。
そしてそのまま闇へと姿を溶け込ませた。
「・・・・・・さて、お手並み拝見といこうか」
男はその口元に凶悪な笑みを浮かべてそう言い、次いでフオールへと視線を動かした。
「報告はわかった。下がれ」
「はい。それでは失礼します・・・・・・・」
男の命を受けて、フオールは深くお辞儀をするとその場を辞した。
後には男一人が残される。
再び静寂が男の周りに戻ってきた。 が、その静寂も直ぐに壊されることとなる。
「何してるの?」
高く澄んだ声が闇に木霊する。
男が声の聞こえてきた方へ視線を向けると、直ぐ傍にあった木の一番太い枝に灰色の髪を肩口まで伸ばし、紺色の瞳をこちらへと向けてくる少年の姿が見えた。
「今の私を見て何かをしているように見えるか?ヴィジョン」
「いいや?ただぼぉ〜っと突っ立ってるようにしか見えないけど?」
「ならばそれが答えだ」
「ふぅん?相変わらず暇してるんだねぇ〜」
ヴィジョンと呼ばれた少年は軽やかな身のこなしで枝から地面へと飛び降りる。
さほど高さはないといえど、木の枝から飛び降りたというのに、少年の着地の際の足音はほとんどしなかった。
ヴィジョンはそのままスタスタと男に歩み寄る。
「そんなに暇してるんだったら、いい加減僕のこと解放してくれない?ここって日の当たり悪いし、風も湿ってるし・・・・いてて楽しくないんだけど?」
「はぁ・・・お前の我が儘で場所を移動するわけにはいかん。第一お前はあれの楔で、保険だ。手元にいて貰わないと困るのだよ」
「率直に人質だと言えばいいのに・・・・・。ひねた性格してるねぇ・・・・・・」
「お互い様だろうが。人質と自覚していて尚、我が儘を言えるその神経の図太さなど私には到底真似できんからな・・・・・・・」
男は呆れた様に息を吐く。
ひねた性格と言うならむしろそっちの方だろと言ってやりたいくらいだ。
そんな男の考えをよそに、ヴィジョンは軽く肩を竦める。
「それはどうかな?あんたも大概いい性格してるしね」
「そういうところが図太いと言うのだ。・・・・とにかく、この敷地外の行動は許さん。それだけは肝に銘じておけ」
「やだねぇ〜、脅し?こんないたいけな子供に向かって大人気ないなぁ」
「全く、口の減らない奴だ」
男はそう言い捨てると、少年を置いてさっさと踵を返した。
はっきり言うと、まともに相手をすればするほど疲れるからだ。
早々に去っていく男の背に向かって、子供は仄暗い笑みを送る。
「人質、ねぇ・・・・・・・」
役に立つ人質だといいね。
子供は嘲笑にも似た笑みを浮かべ続けた―――――――。
2006/9/16 |