〜6.水面下の思惑U〜








「おはよう、ウォール♪」

「・・・・・・・一体、朝っぱらから何をやっているのか聞いてもいいかな?シャン」


実に爽やかな笑みを浮かべるシャンに対して、ウォーリッヒは引き攣ったような笑みを浮かべている。
それもそのはずだ。現在、ウォーリッヒはベットの上で目を覚ましたばかりなのである。
目を覚ました途端目に入ってきたのが、ベットの端に腰掛けて彼の結われていない銀髪を弄ぶ皇子の姿であったのだから。これで引かない人間がいるわけがない。


「ん?夜這い?

「夜這いは夜に行うことであって、朝っぱらにすることじゃないよ?てか、なんで最後が疑問系?」


突っ込むところはそこでいいのか?


「細かいことは別に気にしなくてもいいじゃないか、ケチくさいなぁ・・・・・」

「ケチとかそういう問題じゃない!大体目覚め一番で飛び込んでくるのがヤローの面だと嬉しくないんだよ!!」


ベシッ!といまだに己の髪を弄ることをやめないシャンの手を、ウォーリッヒは容赦無く叩き落とす。
シャンは叩き落とされた手をプラプラと揺らしながら、それでも爽やかな笑みを崩すことはなかった。


「え〜、これでも見苦しくない程度には整っている顔つきだと自負してるんだけどねぇ。皆母上似だと言ってくれるし」

「いい年こいて『え〜』とか言うな!・・・・そりゃあ、むさい男の人に起こされるよかマシってもんだけどね」

「でしょっ!」

「力説しないでくれる?別に褒め称えているわけじゃないから。というか、シャンの取り得ってそれくらいだしね


寝起き早々不機嫌なウォーリッヒは、シャンをじと目で睨みつける。
しかしそんなウォーリッヒの皮肉も、目の前で無駄に爽やかに微笑んでいる皇子には全くの効果を現さなかった。


「失礼な。それに政(まつりごと)の能力も付け足してほしいね」

「えーえー、そうですね!まだちゃんとした王位も継いでないのに、裏で内政を牛耳っている黒幕でしたね」

「別に裏なんかじゃないよ。国民全員知らない者がほとんどいないほど公認さ

「尚更質が悪いって!」


皆さんもう知っていることだと思うが、シャンの父バルトは自他共に認める病い持ちである。一年のうちでベットから抜け出すことなど、片手にも満たない回数だ。
そんな状態なのだから、バルトが朝議などに出席することなどありえない。
しかし、肝心のまとめ役(もちろん宰相だっているが)がいなければ国の行く末を決める話し合いが碌に行うことができない。故にシャンは物心つくころには、大人達に囲まれて政の指示を仰がれていたのだ。
帝王学?政治学?そんなものは実践による叩き上げだ。
教科書を開いている暇があったら、重要書類の10枚や20枚余裕で処理できるじゃないか!な暮らしを送ってきたのだ。彼もなかなかに非凡な人生を歩んできたようである。

ちなみに、シャンが言っていた『ほとんど』の部分に該当する者は、赤ちゃんや小さな子どもである。つまりはある程度の認識能力があれば、子どもだって知っていることなのだ。


「はぁ〜。それで?朝っぱらからこんな非常識な起こし方してくれたんだから、それなりの用事があるんだよね?」

「ん?ただの嫌がらせv」

「生命に息吹を与える風の神よ・・・・・」


いい年こいて語尾にハートマークつけるな!とか色々言ってやりたいことは山ほどウォーリッヒにはあったが、それよりも予告無しに魔法を放つことにしたらしい。
流石のシャンもこれには慌てて制止をかける。


「ちょっ、ストップ!ストップ!!冗談にきまってるじゃないか、それくらいわかるだろう?」

「もちろん、そんなことは十分にわかってるよ。でも、わかっていても故意に抹殺したくなるって時ない?」


非常に素敵に凶暴な笑み浮かべるウォーリッヒ。彼の背後にはオプションで黒いオーラが立ち上っている。
きっと犯罪者でも裸足で逃げ出したくなるだろう。
しかし、そんな状態のウォーリッヒもなんのその、シャンは相変わらずの自然体で至って冷静にウォーリッヒの言葉に返答を返す。


「ないよ。それよりも、故意は事故で相手を殺したときよりも重い刑に処されるからね」

「じゃあ、事故死を装うことにするよ。そうだね・・・・・夜、不振人物が部屋に侵入してきて僕に襲いかかろうとしたから、咄嗟に魔法を放って撃退した。けど、その不振人物っていうのが皇子様で、たまたま魔法の当たり所が悪かったから後に死亡。うん、これって立派な正当防衛だよね?よし

「一体どこをどうしたら『よし』になるんだい?そもそもそのシナリオ、ふんだんに捏造設定が盛り込まれてるようだけど?」

「大丈夫。所詮は死人に口無しだよ」

「うわー、あくどいねぇ・・・・・・」


脳内で色々と裏工作に励んでいるウォーリッヒを、シャンは呆れたように見やる。


「これくらい可愛いもんでしょ?世の中弱肉強食。頭の回転が遅いやつは、他人の謀計に見事嵌って破滅への道を歩むしかないんだ」

「真理だねぇ。それは事実だし、言い得て妙だけど、ウォールが言うと怖い意味で真実味があるというか今後の危機感が煽られるというか・・・・・・・」

「もう、いつまでもぐだぐだと言ってないでよね?ほら、さっさと用件を言う!」

「あぁ、忘れてた」


忘れるなよ。

すっかり当初の目的を忘れていた風情のシャンに、ウォーリッヒは目を半眼にする。
不穏な空気が流れ出てきているような気もしなくはないが、シャンはそこは敢えて無視して当初の目的を話すことにした。


「悪かったって。・・・・で、話は戻すけど、実は折り入ってウォールに頼みたいことが―――」

「あー、ごめん。断固拒否させていただきます

「・・・・・・・・私はまだ何も話していなんだけどね」


用件を聞く以前に即行で拒否するウォーリッヒに、シャンは心持ひきつった笑みを作る。
それはそうだろう。こっちはまだ具体的な用件も述べていないのだ、どうして即答を返されるのか甚だ疑問だ。

そんなシャンの心情を理解しているのかいないのか、ウォーリッヒは居心地悪そうに視線を横に逸らす。


「だってさー、シャンが持ってくるようなお願い事だよ?絶っっ対に碌な事ないって!

「『絶対に』をやけに強調してるきがするんだが・・・・・まぁ、いい。それで頼み事についてだが、この国の東側にあるカトルの森の調査を依頼したい」

「人が嫌だって言ってるの、ちゃんと聞いてる?―――はぁ・・・。カトルの森って確かガレスタシアでも霊性の高い森って有名な場所のことだよね」


拒否は受け付けないと、にこやかな鉄火皮が告げているのを見て、ウォーリッヒは取り敢えず話を聞くことにした。


「そう。その森なのだけれど、最近何らかの干渉によって立ち入ることができなくなったらしい」

「ふーん?で、その『何らか』って?」

「残念ながら、それについてはまだわかっていないんだよ、これが・・・・」

「あー、なるほど。それについての原因究明を僕に頼みたいわけなんだね?」

「そういうこと。どうだい、頼めるかい?」

「やだ」

「ウォール・・・・・・・」


きぱっ!と断るウォーリッヒに、シャンは思わず脱力した。
そう易々と引き受けてくれると思ってはいなかったが、それでもここまできっぱりと断られると空しさがこみ上げてくる。


「お願いだから引き受けてはくれないかい?はっきり言って原因がわからない以上、下手な人選をするわけにはいかないんだよ・・・・・。ウォールだったら余程のことがない限り無傷で帰ってこれるだろう?あの森は周辺の住民達のライフラインなんだ、この件はなるべく速やかに且つ正確な情報が欲しいんだ」

「あわよくばその場で事件を解決してくれるだろうし?」

「・・・・・欲を言えばそうなるね。面白事は好きなんだろ?行ってくれないかい?」

「ん〜、どうしようかなぁ・・・・・・」


必死に説得するシャンに、ウォーリッヒは渋るような表情を作る。
現段階においてこれからの予定など特になく、ブラブラとそこら辺を散策しようとしていたところだ。何も不都合なところはない。
確かに面白そうな話ではあるが、何せこの話を持ってきたのがシャンである。すんなりと調査をしてはい終わり!で済めばいいが、余計なごたごたは好ましくないところである。まぁ、それはそれで面白そうではあるが・・・・・・・。

いまいち色よい反応を見せないウォーリッヒに、シャンは仕方がないと溜息を吐いた。本当はこの手は残しておきたいところであったのだが・・・・・・。


「古代魔道術大全第53巻・・・・・・・・」

「―――なっ!古代魔道術大全第53巻?!って、あの廃版されたっていう幻の53巻?!」


ボソリと呟かれた言葉に、ウォーリッヒは過敏に反応する。
「かかった!」と内心拳を握りつつ、そんな心情をおくびにも出さずにシャンは如何にも残念そうな表情を作って話を続ける。


「そう。あれって一般では52巻までしか出回ってないんだろ?もともとの発行された数だって少なかったという幻中の幻の書物。ウォール、探してただろ?偶然だけど見つけたんだよねぇ〜、この城の非開放の書架で・・・・・。ウォールがこの件を快く引き受けてくれたら貸そうかと思ってたんだけどなぁ」

「ぐっ!僕を物で釣ろうっていうの?!」

「嫌だなぁ、ギブ・アンド・テイクじゃないか。で、引き受けてくれるのかい?」


ん?とさも楽しげ(と書いて意地悪と読む)に聞いてくるシャン。




「・・・・・・・・・・・・・・・・わかった、引き受ける」




ウォーリッヒは苦々しい表情を浮かべながら、はぁ〜と溜息を吐いて項垂れた。

そんなウォーリッヒを見て、「よし、勝った!!」と内心で天へと拳を突き上げたシャンは、それはもう素晴らしく綺麗な笑みを浮かべた。


「じゃあ、お願いするよ♪」

「くそっ!何で僕が物に釣られないと・・・・・・・・」

「そう嘆くことはないだろう?私は嘘は言わない主義だし、ウォールがちゃんと動いてくれたら古代魔道術大全第53巻だってちゃんと渡すから」


予想以上に落ち込むウォーリッヒを、シャンは仕方がないなぁと慰める。
余程シャンに言いくるめられたことが悔しかったようだ。
もともと無条件で貸そうと思っていた書物を取引材料に引っ張ってきただけのシャンは、その口元に苦笑を浮かべるしかない。


「・・・・・・ちゃんと貸してよね?」

「わかってるさ。我が国祖レドガリアの血に賭けて約束しよう」

「別に・・・・そこまでして約束しなくてもいいけどさ。守ってくれるんだったらいいよ」

「では、なるべく早い報告を期待しよう」

「精々期待を裏切らないように、努力させてもらいますよ」


じゃあ、早速調査に向かう準備をするから、部屋を出てってくんない?

と睨みをきかせるウォーリッヒに、それじゃあ詳しい状況報告を待ってるよと言い置いてシャンはその部屋を去っていった。
それを見送ったウォーリッヒはポスンッ!と再び枕に沈み込んだ。





「ま、楽しければいいか・・・・・・」





結局のところ、彼の思考はそこへと辿り着くのであった―――――――。














2007/2/19