朝一番からシャンに強襲をかけられたウォーリッヒは、すぐに旅装を整えると城を後にした。
ガレスタシア国の東側に位置するカトルの森までは、日にちに換算すると3日〜6日ほど掛かる。
何故日にちにばらつきがあるのかというと、それは移動手段の違いによる。馬車などを使えば3日、徒歩で向かうとなれば最低でも6日はかかる距離にあるのである。
現在、ウォーリッヒは城下にある市へとやって来ている。
旅に必要な備品を揃えたら、そのままカトルに向かうつもりなのである。
「あっ!ご主人様、あの屋台は珍しい果物を沢山そろえてるよ!!」
「騒々しいぞ、ベリア。あまりはしゃぎ過ぎて主殿の迷惑にはなるなよ」
「ぶぅー。それくらい僕だってわかってるよ」
「ならいいがな。人気が多くて俺達に注意が向かないとはいえ、あまり目立つような動作は控えろ」
「はぁ〜い」
ウォーリッヒの肩に乗り、高い位置で周囲を眺めてはしゃぐベリアを、アルヴァはそれとなく嗜める。
魔力を持たない者達には彼らの声はニャーニャーだのワンワンなどといった、ただの動物の鳴き声としか耳には捕らえられない。しかし、逆を言えば少しでも魔力を持つものには彼らの会話が聞こえるのである。
無論、彼らが意識的にしようと思えば、魔力のある者にも彼らの会話が聞こえないようにすることは可能である。まぁ、彼らと同じ存在―――魔族には流石に無理ではあるが・・・・・・・・。
「(くすくすっ)まぁ、そんなに気にしなくていいよアルヴァ。僕にだけ聞こえるように話せばいいだけのことでしょ?」
「確かに・・・・そうではあるのだが、如何せんベリアのそういったところにおける意識水準は低いように思えて仕方ない」
「なんだよそれ?!アルヴァ兄、僕はそこまで考えなしでも頭が湧いているわけでもないからね!!」
「ふっ、無論そんなことはわかっている。相も変わらずからかい甲斐のあるやつだ」
「うわっ!ひど〜」
「ははっ!僕も見ていて楽しいよ」
「ご、ご主人様まで・・・・・・(泣)」
ひとりしきり笑い終えたウォーリッヒ達は市を抜け、大通りの広場へと足を伸ばした。
そこでたった今市で買った物を確認するつもりであった。
「―――で?何で君がこんなところにいるのかな?シャン」
にっこりと、それでいてとても薄っぺらな笑みを浮かべながらウォーリッヒは隣へと顔を向けた。
と、そこにはこれまたにっこりと笑みを浮かべたこの国の皇子―――シャン・レドガリアがいた。
彼の手には焼きたての香ばしい香りを立てるパンの入った紙袋があった。
「ん?見てわからないのかい?視察だよ視察。国を運営する者として、街の様子を小まめに知っておくことは重要だろ?」
「至極尤もなことを言ってるようだけど、メロンパン齧りながら言ってても全然説得力ないから」
「ふむ。この店のメロンパンはかなり美味しいな。このギッシリと詰められたメロン味のクリームがなかなか・・・・・いい仕事をしている」
「なにその食べ比べした結果、どれが一番美味しいのか評する食通の人みたいな台詞は」
「ふっ。みたいではなく、事実私は食通だよ。少なくともこの城下にある美味しい処は網羅している。というかだね、この城下で私が把握していない場所なんてほとんどないよ」
暇人だなおいっ!?
ウォーリッヒならびに使い魔達の心情が一つに重なった瞬間である。
メロンパンの美味しいパン屋さんベスト5を話し出したシャンには、色々と突っ込みたいところがあったが、取り敢えず一言だけウォーリッヒは言っておくことにした。
「・・・・・よくそんな暇があったね」
「あったのではなく作ったのさ。・・・・ところで、メロン味のクリームも入っていなく、パンの生地にもメロン味が練り込まれていない見かけだけがメロンなパンを、どうして人はメロンパンなどと呼ぶのだろう?あれに遭遇した時は正に未知との遭遇だったね。ウォーリッヒはそこのところをどう思う?」
「知るか」
何でこんな街中でメロンパンごときについて議論しなくてはならないのだ。あほらし。
ウォーリッヒは強制的に意識を隣から手元の荷物へと移すと、買った中身の確認を始めた。
どこかのアホ皇子の所為で当初の目的を忘れるところであった。
シャルハンの美味しい処を話すシャンの声をBGMにしながら、ウォーリッヒはさくさくと確認作業を終えた。
「さて、揃えるものは揃えたし、出発しようか!」
ウォーリッヒは敢えてシャンに背を向けて、ベリルとアルヴァに声を掛ける。
そんなウォーリッヒの態度に、シャンは若干頬を引き攣らせた。
「・・・・・・態々見送りに出てきた私を無視するのかい?ウォール」
「ん?なんだシャン、まだいたの?」
「酷いなぁ〜、流石の私も傷ついてしまうよ?」
「大丈夫。君がその程度で傷つく豆腐みたいな心なんて持ち合わせてないでしょ?つーか、寧ろ金剛石?」
「言ってくれるねぇ・・・・・」
笑顔ですぱっと言い切るウォーリッヒに、シャンもにっこりと笑みを向ける。
二人の間に流れる空気がどことなく黒く感じられるのは、決して気のせいではないだろう。
ふふふっ!
あははっ!
使い魔二匹が二人からさりげなく距離をとる。
このままブリザード吹き荒れる極寒地帯になるかと思われた瞬間、そんな空気をぶち壊すような大声が通りに響き渡った。
「待ちなさーいっ!!」
ウォーリッヒとシャンは互いに睨み合うことを中断し、大声の聞こえてきた方へと視線を向ける。
通りの向こうから逃げる髭面の男と、その男を追いかける女の子、そしてその女の子に引きずられている眼鏡を掛けた青年の姿が見えた。
よくよく見てみると、眼鏡の青年は白目を剥いて口から泡を吹き出している。
原因はおそらく首を絞めているカバンの紐であろう。その紐の先を辿ってみると、女の子の手元へと辿り着く。
それはそうだ、何せ彼女が青年を引きずっているのだから・・・・・。
さて、視線は彼女達の前を走るヒゲ男へと移る。
彼の手には可愛らしいデザインの、明らかに女物であろうカバンがあった。
どう見ても彼の持ち物ではないだろう。てか、あれが彼の持ち物であると考えたくもない。もしそうであったらキモイの一言に尽きるだろう。
となると、状況から見て後ろを走る女の子の持ち物であると思われる。
「待ちなさいったらぁ!」
「へへっ!誰が待つかよ!!」
「ぐぬぬっ、こうなったら・・・・・最終手段よ!行きなさいっ、ロゼフ!!」
女の子はそう叫ぶと、引きずっていた眼鏡の青年をぶん投げた。
青年(おそらく名前はロゼフ)は綺麗な放物線を描き、前方を走る男へと迫っていく。そして―――――
ゴスッ!!
見事男の背にクリティカルヒットした。
逃げていた男とぶん投げられた青年は勢いよく地面をスライディング。そして丁度ウォーリッヒ達の前で滑り止まった。
「やりぃ!」
それを見て女の子は嬉しそうに(指を鳴らすというオマケつきで)歓声を上げた。
そんな彼女らの遣り取りを終始見ていた周りの者達は、華麗にぶん投げられた青年を気の毒そうに見遣っていた。
そんな中、ウォーリッヒ達は足元に倒れ伏している野郎共を無視し、先ほどの女の子の行動について討論していた。
「うーん、なかなかのオーバースローだったね」
「あぁ、女性にしては良い肩をしている」
まるでどこぞの野球選手を品評するかのような話し振りである。(ってか野球選手って何?byウォーリッヒ)
女の子はツカツカと倒れた男に歩み寄り、男が未だに握って放さないカバンをひったくり返した。
「もぅっ!私ののカバンを盗もうなんていい度胸じゃないの!でも、1257年は早いわっ!!」
なんだ、その微妙な数字は。
ウォーリッヒ達は内心揃ってツッコミを入れた。
何とも言い難い視線を向けるウォーリッヒ達には気づかずに、女の子は取り返したであろうカバンを叩いて汚れを落としている。
「うぅっ、投げるなんて酷いじゃないですかカッツェ!私の頭にたんこぶができますよ!!」
どうやら飛び道具としてぶん投げられたメガネの青年が意識を取り戻したようだ。
ぶつけたであろう箇所を摩りながら、ずれ落ちたメガネの位置を直している。
そんなメガネの青年に、女の子―――カッツェは胸を反らしてさも当然のように
「そんなの丁度手に武器(あんた)があったからじゃない!」
「そっ、そんな横暴な・・・・・・・;;」
「何よ、何か文句でもあるの?大体、あんたがもっと早く走れたなら、私だって引き摺るなんて面倒なことしないわよっ!あんたの運動能力の無さを呪いなさい」
「んな無茶な。第一私の運動能力が一般の人より劣っているのは生まれつきです!どうこうできる問題ではないですよ!?」
運動オンチでは仕方ないと主張するメガネの青年。しかしカッツェはそんな青年の言葉を鼻で笑って一蹴する。
「はっ、馬鹿ね。人間、生まれつき身体機能に不備さえなければ、ある程度の運動はできるのよ。あんたの運動能力がペーペーなのは、あんたが1年中365日部屋に篭っている所為でしょうがっ!!」
「ぐっ・・・。そ、それは薬の研究をするためであって」
「だから馬鹿と言ってるのよ。薬、薬っていっつもいってるけど、別に気晴らしに外で体を動かす暇が無いくらいに切羽詰っているわけじゃないでしょ?そんなの言い訳にもならないわ」
「う゛っ、あ〜・・・・・・・」
「ふふっ!どうしたの?反論してみなさいな」
「〜〜〜っ、・・・・・・・アリマセン」
「ほほほっ!私の勝ちねっ!」
がっくりと肩を落とす青年に、カッツェは勝ち誇ったように高笑いをする。
と、そんな近寄り難い空気の中、彼らに声を掛ける兵強者(つわもの)がいた。
「あ〜、お楽しみのことろ悪いけど、コレ(倒れている男)通行の邪魔なんだけど」
「公道は皆が使うものだからね、早めに撤収することを私はお勧めするよ」
要約:さっさとこのゴミもとい盗人を片付けろ!
自分達は高みの見物を決め込み、手を出す気は全く無いウォーリッヒ達。つか、自国民をゴミ扱いしていいのか?シャン・・・・・。(ははっ!そんなの相手によるに決まっているだろう?byシャン)
「・・・・何よ、あんた達」
「何って・・・・・通りすがりの人?あぁ、でも通りすがりじゃなくてさっきからずっとここにいたから、え〜と・・・・・うん、街人Aでいいや」
そんなモブキャラでいいのか?!
「それじゃあ私は街人Bで」
だからモブでいいのかっ?!
にっこりと笑んでそうのたまうウォーリッヒ達を、カッツェは胡散臭そうに見遣る。
じろじろとウォーリッヒ並びにシャンを眺め一言。
「あんた達、その容姿で脇役以下はきついんじゃないの?」
「えっ!じゃあ僕達脇役以下の以下?!」
「う〜ん、背景の扱いにもならないのか・・・・・」
「そうじゃなくて・・・・・・って、あ〜もう!話が逸れちゃったじゃないの。で?一体何の用なの?」
明らかにからかっている風な表情のウォーリッヒ達に、カッツェは疲れたように肩を落とす。
はっきり言って、この二人を真面目に相手をしようとするとかなり疲れるのである。正面から向き合わない方が得策である。
「ん?いや、さっきも言ったんだけどさ、そこに転がってる男の人を片付けて欲しいな〜ってね」
「そうそう。ほら、目の前の野菜売りの人も困っているようだしね」
その二人の言葉を受けて、いまだに地面と熱い抱擁を交わしている男から微妙に視線を上げると、確かに野菜を売っている中年の男の人が困った顔をして立ち尽くしていた。
それを機に漸く視線を周囲へと向けるようになったカッツェは、気まずげな表情を作った。
「あら〜、もしかしなくてもかなり目立ってちゃってた?」
「そりゃあもう。今日一番の注目の的になってるんじゃないかな?」
「あちゃぁ〜失敗、失敗」
ちろりと舌を出して軽く肩を竦めるカッツェ。
そしてそんな彼女にメガネの青年は噛み付かんばかりの勢いで詰め寄った。
「失敗じゃありませんよ!あれだけのことをすれば嫌にでも目に付きますって!!」
「下僕は黙ってなさい」
「げぼっ、って・・・・私は幼馴染です!勝手に従僕扱いしないでくださいっ!!」
「はいはい。下僕兼幼馴染ね」
「ですからっ、私は下僕では・・・・・」
「あ〜、わかったから一々噛み付かないでよ。まったくもう・・・・・・。で、こいつをどうにかするって話だったわよね?やっぱり警備の人とか呼んだ方が良いのかしら?」
足元に転がる盗人を見下ろしながら、カッツェはどうしようかと軽く首を捻る。
なかなか動く気配を見せないカッツェに青年は呆れたように息を吐く。そして近くに警備の人が来ていないのか調べるために周囲へと視線を巡らせた。その時
「心配には及ばない。既に呼んでおいた」
低く、それでいてとても耳障りの良い声が聞こえてきた。
声の聞こえてきた方へと視線を向けると、そこには一人の青年が立っていた。
青年はゆっくりとした足取りでカッツェ達のところにやって来た。
ふと視線を向けた先にウォーリッヒの姿を見止めると、無表情に近い顔をほんの僅かながらに緩めた。
「久しいな、ウォール・・・・・・」
その口元に淡く笑みを乗せた。
その笑みは向けられたウォーリッヒ当人を抜いて気づかれることはなかったが―――――――。
2007/5/9 |