ゆったりとした足取りで近づいてくる青年を見て、ウォーリッヒは数度目をぱちくりと瞬かせた後にゆるゆると笑みをその顔に浮かべた。
「ゼルム!」
青年の名であろうそれを呼んで、ウォーリッヒはこちらへと歩み寄って来る青年へと自らも歩み寄った。
ここでゼルムと呼ばれた青年の容姿について軽く説明しよう。
髪の色はダークブルーで、肩につくぐらいの長さのものを首の後ろで結っている。そして瞳の色は対象的はダークレッド。慎重は長身の分類に入る。表情はあまり表へとでないようで、傍から見ると無表情に見えなくもない。
あと数歩というところまできた二人は、そこで歩みを止めた。
「久しぶり!まさかこんな所で会えるとは思ってもいなかったよ」
「それについてはお互い様、とだけ言っておこう」
「それもそうだね。・・・・・・で、ここにはどんな用事で来たの?」
「仕事だ」
ウォーリッヒの問いかけに、ゼルムはとても簡素に答えた。
どこかそっけない感じを受けるゼルムの態度であるが、ウォーリッヒはそんなことなどお構いなしに会話を続ける。
「そっかぁ、仕事なんだ?そういえば、傭兵まがいなことをしてるんだっけ?」
「あぁ、俺にあるのは剣の腕くらいだからな」
「噂はしっかりと耳に届いてるよ。流石”静寂(しじま)”を冠する者だね」
”静寂”。それは傭兵の中でも十本指に入る者に与えられる号の一つ。
十本指ということは、号もまたそれに応じた数がある。
”静寂”の他には、”鮮麗”、”峻烈(しゅんれつ)”、”悠揚(ゆうよう)”、”沈勇”、”強剛”、”優渥(ゆうあく)”、”闇夜(あんや)”、”篝(かがり)”、”陰影”がある。
はっきりって号に意味などない。それが力を与えるわけでも、地位を約束するわけでもない。ただ頂点に立つ者達を表す記号でしかない。名を戴く者はその時々で性別や年齢、国など様々に異なる。しかしそれでも尚、長き時に渡ってその号は受け継がれてきた。
本人ではなく、その周りの者達がそうだと思って呼ぶのだ。その名に相応しい者として・・・・・・。
そんなある意味有名な名前で通っているのだから、彼の仕事ぶりは風の噂となってあちらこちらで耳にすることができる。ウォーリッヒもその例に漏れなかった。
「・・・・・あまり好ましくない」
「ん?・・・あぁ、”静寂”っていう呼び名のこと?」
「・・・・・名乗った覚えはない」
「それはそうでしょ。他の奴が勝手に思って、勝手に当て嵌めて、勝手に呼ぶようになったんだから」
「・・・・・・・・・」
ウォーリッヒの言葉に、ゼルムは乏しい表情ながらも苦い顔を作る。
そんなゼルムの様子にウォーリッヒも気がついたため、話を変えることにした。
「ところで、さっき仕事っていってたけど・・・・」
「あぁ、彼らだ」
ウォーリッヒの言いたいことを察したゼルムは、視線をすぐ隣にいたメガネの青年と若葉色のウェーブがかった長い髪の女の子へと向けた。
「そっか、そこの漫才コンビなんだ?君も苦労するね」
「いや・・・・・・」
「ちょっと、待ちなさいよ!誰が漫才ですって?!」
漫才コンビ扱いをされた二人のうちの片割れの女の子―――カッツェが抗議の声を上げる。
抗議を受けたウォーリッヒは少しの間悩んだ後、至って真面目な顔で言葉を返した。
「じゃあ、夫婦(めおと)コンビで・・・・・・」
「こんな奴と結婚する気はないわっ!」
「大丈夫。嚊天下(かかあでんか)とヘタレ軟弱夫っていう筋で売れると思うよ?」
「だからいい加減にお笑いから離れろ!!」
カッツェは怒声と共に手にしていた奪還したてのカバンを、ウォーリッヒへと投げつけた。そのスピードたるや、『魔法も使わないでその速さって反則だろっ?!』なほどである。つまり、普通の人であれば出せない速度。
風を切り、唸り声を上げながら飛来してくるカバン(と書いて凶器と読む)に気がついたウォーリッヒは、間髪いれずにその場を飛び退く。(その速さに反応できるほうもあれだが・・・・)
と、次の瞬間―――
ドゴオォッ!!!
という轟音が大通りに響き渡った。
音の発信源へと視線を向けると、そこには石畳に本体の半数以上をのめり込ませ、蜘蛛の巣状にヒビの入ったクレーターを作り上げているカバンがあった。
その様を見て、当事者以外の者達は顔を蒼褪めさせ、口の端を引き攣らせた。
そのカバンにハンマーでも仕込んでやがるのか?ヲイッ!!!
彼らの心の叫びは一つであった。
「わぁー、凄いね!当たったら怪我するところだったよ!」
怪我で済むのかっ?!
「うーん、予算から(石畳の)修理費を出さないといけないのかな?これは・・・・」
そういう問題なのかっ?!
「カッツェ!無闇やたらと公共のものを破壊しないでください!また私の貯金から修理費が落とされるじゃないですかっ!!!」
今までそうだったのか・・・・・・。
「雇い主、要らぬ騒動は起こしてくれるな」
必要だったらいいのかっ?!
「死人さえ出さなきゃいいのよ」
そういう問題とも違うだろっ?!
などなど、色々ツッコミどころ満載ではあるが、そんなこと誰一人として気にかけることはない。寧ろスルー。
ひとしきり言い終え、間が空いたところでシャンがウォーリッヒに問い掛ける。
「ところでウォール。彼とは知り合いのようだけど、紹介してくれるかい?」
「あぁ、そうだったね。彼の名前はゼルム・・・ゼルメギア・ロジェスター。傭兵の中では結構名が知れてて、腕の方も保障するよ?」
「保障するって・・・・どうしてそこまではっきりと言い切れるんだい?」
「そりゃあ言い切れるよ。だって僕とゼルムは一年前まで一緒にあちこち旅していたからね」
ね〜?と相槌を求めてくるウォーリッヒに、ゼルムも頷いて肯定した。
「あぁ、確かに以前は共に旅をしていた」
「っていうわけv」
「・・・・・・それは、初耳だねぇ」
「それはそうでしょ。だって言ってなかったんだから。どうして僕の交友関係の話まで君にしないといけないのさ?」
半眼でじとっと見てくるシャンに、ウォーリッヒはしれっとした態度で言葉を返す。
「確かに、この事に関しては君に非はないな」
「わかってくれた?大体、昨日久しぶりに会ったばかりだっていうのに、ろくに会話を交わす暇もなかった状況でどうして君にここ最近あったことを話せるっていうの?」
「はははっ!・・・・すまない」
「わかってくれればよし」
久々に再開した翌朝には調査依頼をした立場を思い出したのだろう。シャンは気まずげに愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
ウォーリッヒはそんなシャンを胡乱げに見遣る。
そんな中、ウォーリッヒの肩に乗っていたベリアが、恐る恐るに口を開いた。
「ご主人様。集団漫才もいいですけど、そろそろ出発した方がいいんじゃないですか?」
「あぁ、そうだったね。うっかり忘れるところだったよ」
ベリアの言葉に当初の目的を思い出したウォーリッヒは、危ない危ないと小言を零しつつ、足元に置いておいた荷物を持ち上げた。
そんなウォーリッヒの動作に気がついたゼルムは、どうしたのだと目線で問い掛けた。
「えっと、これからカトルの森に遊びに行くんだよ」
「ウォール、私の真剣なお願い事を遊びで済ませるのかい?」
「そんなに文句を言うんだったら、本当に遊びに行っちゃうよ?僕」
「古代魔道術大全第53巻」
「行きます。行きますよ・・・・ったく、ちょっとした冗談じゃないか」
「君の場合はどこまでが冗談かわからないからね」
念を押しておいたって構わないだろ?
にっこりと爽やかな笑みを浮かべる皇子は、どことなく黒く感じられた。
うわっ!流石は腹黒〜。
何言ってるんだい。君のあざとさに比べたら可愛いものじゃないか。
そーお??
あはははっ!と笑い合う彼らの表情は実に輝いていた。その代わりに背景はカオスであったが・・・・・。
そんな近づくと本能の部分が警鐘を鳴らしまくる空気を放つ二人に、無謀なのか胆力があるのか鈍いのか、恐れもせずに割って入る人影が合った。
「ねぇねぇ!今カトルの森って言った?」
漫才コンビの片割れ(だから漫才じゃないって言ってるでしょっ!!)である、カッツェその人であった。
「言ったけど・・・・・それがどうかしたの?」
ウォーリッヒはやや怪訝そうに問い返した。
「今からカトルの森に向かうの?だったら私達と一緒に行かない?私達も丁度カトルの森に行こうとしてたの!」
「えっ・・・・・。本当なのゼルム?」
「あぁ。丁度向かおうとした時に、彼女がカバンを引っ手繰られてしまった」
「余計なことは言わなくていいのよっ!!・・・・・で、どうかしら?」
「う〜ん、どうしようかな・・・・・・」
ウォーリッヒは顎に手を当てて、しばしの間どうするかを思案する。
旅の目的地は一緒。
旧知の間柄であるゼルムも共に行くようだ。
漫才コンビがいるので退屈もしなさそうだ。
イコール・・・・・
面白そうなので全然OK!
「うん、悪くはないね。いいよ、一緒に行こうか!」
「本当?それはよかったわ。・・・そういえば自己紹介がまだだったわね。私はカッツェ、カッツェ・ライヤーよ」
「はぁ。何一人で勝手に決めてるんですか、少しは私にも相談してください!まぁ、仕方ありませんね・・・・・ロゼフ・レイオットです」
「僕はウォーリッヒ・ハルデルト。よろしくね、嚊天下のカッツェさんに、ヘタレ夫のロゼフさん!」
「「いい加減にそのネタから離れ(なさいよ)(ください)!!」」
同タイミングで突っ込んでくる二人に、「ほら、やっぱり息ピッタリだよ」とウォーリッヒは楽しげに笑った。
そして最後に過去共に旅をしたことのあるゼルムへと視線を移した。
「そういうわけだから、これからよろしくね?ゼルム」
「あぁ、こちらこそ頼む」
にこにこと(黒くない)笑みを浮かべながら、ウォーリッヒは右手を差し出す。
そんなウォーリッヒの意図を察したゼルムも、同じように右手を差し出した。
そして、二人は固く握手を交し合った――――――――。
2007/7/15 |