さわり・・・・さわり・・・・。
青々と生い茂る草達を、風が撫ぜて耳に心地よい音を奏でていく。
地面より突き出た大きめの石へと腰掛け、ウォーリッヒは目を閉じてその風を感じていた。
さわり・・・・さわり・・・・さわぁ!
ある一定のリズムで吹いていた風が、ふいにその流れを乱した。
ドウシタノ?
ドウシタノ?
ヒトリボッチ
チガウヨ
チカクニホカノケハイ
カンジル
カンジル
ナニカコマリゴト?
ざわめく風と共に、複数の声が木霊する。
目を閉じ、静かに座っているウォーリッヒの周囲を、不可視の『何か』が飛び交う。
方向性のない風に、ウォーリッヒの銀髪もそれに合わせて不規則に揺れ動く。
―いや、困り事ってほどじゃないんだけどね・・・。誰かここ最近のカトルの森について、知ってる子はいる?―
シッテル
シッテルヨ
ミンナネ
カトルノモリ
カワッタコト
モリガオコッテル
イヘン
アブナイヨ?
イカリ
―森が・・・怒ってる?それは、どういうこと?―
モリ、オコッテル
モリノアルジ
ソレイガイモ
ニンゲン
ニクイ
キョゼツ
チカヅクノハダメ
ケガレガツヨイカラ
キケン
―ケガレ・・・・穢れ?一体何が・・・・・―
「ウォール」
ふいに掛けられた声に、ウォーリッヒは閉じていた目を開いた。
彼を取り巻くように吹き乱れていた風も、それまで何事もなかったかのように正常に流れていく。
目を開けたウォーリッヒは、声の聞こえてきた方へと視線を向けた。すると少し離れた所に紺色の髪を風に躍らせた人物――ゼルムの姿があるのが目に映った。
ゼルムは足元に草が生い茂っているのにも関わらず、その足音をほとんど立てることなくウォーリッヒの方へと歩み寄ってくる。
「―――何を?」
「風識(ふうし)。精霊達とね、ちょっと話をしてた」
何をしていた?というゼルムの言葉少なな質問に、違えることなくその意味を汲み取ったウォーリッヒはそう答えた。
そう、実はゼルムがこの場に現れる直前まで、ウォーリッヒは風の運ぶ情報――風の精霊達から、これから向かうカトルの森についての情報を聞いていたのだった。
風(の精霊)に意識を重ね、その情報を識る。この遣り取りを、ウォーリッヒは『風識』と名づけて呼んでいる。
この風識、誰もが誰もできることではない。精霊達(特に風の精霊)と親和性が高く、精霊達の声を聞き取ることができる『耳』を持っている者でなければならない。しかもその『耳』自体、持っている人というのが極めて少ないのである。
ウォーリッヒ自身、『耳』を持っている人は己以外ではたった一人しかその存在を知らない。
『魔術師の塔』というある意味で異能者(しかも高水準)の集まり所の出で、尚且つ年がら年中世界のあちこちを旅しているウォーリッヒがその存在を一人しか知らないのである。その数の少なさは容易に想像できるだろう。
ウォーリッヒの返事を聞いたゼルムは、納得したように無表情のまま頷いた。
「あぁ・・・・あの電波か」
「・・・・・・・・ちょっと待って。その電波っていうの、止めてくれない?それじゃあまるで僕はどっか頭の螺子が一本抜けてる変な奴にしか聞こえないよ」
「そうか?」
「そう!」
さも不思議そうな顔で問い返すゼルムに、ウォーリッヒはきっぱりとした口調で断言した。変な表現をされて危ない奴だと誤解されては堪らない。
そんなウォーリッヒの心情を知ってか知らずか、数瞬の間無言で何やら考え込んでいたゼルムは、再び口を開いてこう言った。
「冗談だったのだが・・・・・」
「いやいや!そんな無表情かつ平淡な口調で言われても、冗談だと思えないからっ!!」
「・・・・・・・・何故?」
「普通冗談っていうのは笑いを混ぜて言うものなの!」
「そうか・・・・・。笑えばいいのだな?」
「(笑顔で冗談を言うゼルムを想像中)・・・・・・・・・いや、別に無理に笑ってまで言わなくていいから」
満面の笑みを浮かべて冗談を言うゼルム。
それはそれでかなり怖いものがある。普段の表情が乏しい彼を知っている者からしてみれば、輝かんばかりの笑みを振りまく様など、到底想像できるものではなかった。
むしろそんな事態なんぞが起こったら、即行で彼を医者に連れて行くだろう程には大変事である。
と、そこまで思考を巡らせたウォーリッヒはその思考をそこで打ち止め、疲れたように息を吐いた。
そんなウォーリッヒを見てゼルムは僅かながらに眉を動かし、表情筋のほとんど動かぬ顔で再び問いの言葉を重ねた。
「・・・・邪魔をしたか?」
「んーん、そんなことないよ」
気遣うように向けられてくるダークレッドの瞳。
それに対しウォーリッヒはさして気にした風もなく、首を横に振ってゼルムの言葉を否定した。
ゼルムはそれに対して再び「そうか・・・」とだけ返して、それ以上は口を開くことはなかった。
しばらくの間、その場に沈黙――けれども決して不快ではないそれが流れた。
何も会話をすることなく、二人はただ蒼天を流れ行く雲を眺めていた。
そんな中、ウォーリッヒは思い出したようにぽつりと言葉を紡いだ。
「――そういえばさ、仕事はどうしたの?あの二人の護衛、やってるんでしょ??」
「・・・・不穏な気配はない」
「ん〜、確かにね。僕やゼルムが応対できる範囲でそういった気配どころか、人の気配なんてひとっつも!ないけど・・・・・」
それだけで君が雇い主の傍から離れたりはしないだろう?
そういう意味を含めて、ウォーリッヒはそのラピスラズリの瞳をゼルムへと向けた。
そんなウォーリッヒの意を悟ってか、ゼルムは淡々とした口調でその訳を述べた。
「雇い主が席を外せと言った・・・・」
「なるほどね」
雇い主の意向ならばその行動も頷ける。
ウォーリッヒは納得したように一つ頷いた。
ゼルムはふと何かに気づいたように、緩やかに数度瞬きをした。
「――お前の方は?」
「ん?・・・・あぁ、ベリアやアルヴァのこと?彼らだったら周囲を散策しに行ったよ」
主語など、重要な部分がほとんど抜け落ちてしまっている言葉にも関わらず、ウォーリッヒはゼルムが聞きたいことを寸分違わずに理解すると、その問いに答えた。
どうしてこんなにもお互いの意思疎通がバッチリ☆なのか、傍から見れば不思議でならないだろう。
友情だろ!と思った貴方。
友情だけでここまで深いコミュニケーションがとれたら、世の中の友人・親友関係を結んでいる人達は苦労などしない。
電波だろ!と思った貴方。
・・・・・・・・・・・まぁ、それもありか?と一瞬思えてしまうが、彼らの頭は至って正常であるからそれは違うと答えておくとしよう。
愛だろ愛っ!!・・・・と思った貴方。
んな、ドリーマーな台詞を吐く奴!!そこになおれ!愛だけでそんなことが可能になるんだったら、世の中の恋人・夫婦は皆ほとんど会話なしで眼で語り合っちまうぞっ!!(byシーザー:特別ゲスト)
・・・・・とまぁ、一部突っ込みどころがおかしいところもあったが、上記の理由でないことは確かである。
まぁ、彼らの名誉のためにも弁解しておこう。
意思疎通が簡単に行っている裏では、お互いの意思を汲み取ろうという絶え間ぬ努力と経験、そして何よりもお互いの波長が合うというのが理由に挙げられるだろう。
はい、そこっ!「やっぱり電波じゃ・・・・」とか呟かないっ!!
ごほん!・・・・え〜、まぁ今まで明確に記載することはなかったが、この二人、実はかなり相性がいい。でなくばお互いに組んで、旅もとい仕事などできはしないだろう。
明るく陽気なウォーリッヒ、寡黙にして冷静沈着なゼルム。魔法使いと傭兵。
これほど間逆な立場に立つ二人ではあるが、過去ではこれで結構やっていけたらしいのだから不思議である。いや、間逆だからこそお互いの不足を補い合うことができたのかもしれない。
さて、二人の過去の経歴について語るのはこれくらいにしておこう。
話は元に戻る。
二人はウォーリッヒの使い魔の話しから、目的地であるカトルの森へと話は移っていた。
「―――カトルの森について、何か情報は掴めたか?」
「ん〜、ゼルムは?どのくらいまで話は聞いてるの?」
ウォーリッヒはゼルムの質問には答えず、逆に問い返した。
言葉を濁すようなウォーリッヒの様子に、しかしゼルムは気にした風もなく問いに答えた。
「人が森に入ることができない。というところまでだ」
お前はそれ以上のことも知っているんじゃないか?と、ゼルムは視線で問うた。
ウォーリッヒはそんなゼルムの視線に、軽く肩を竦めて返した。
「僕の方もゼルムと知っていることは大して変わらないと思うよ?ただ・・・・・」
「ただ?」
「う〜ん・・・・・なんか、人間にいい感情は持ってないみたい。ゼルムはともかく、あっちの二人の動向には気をつけた方がいいよ?」
「そうか・・・・・」
ウォーリッヒの忠告めいた言葉に、ゼルムは頷き返すだけであった。
さわり・・・・・と、二人の間を風が吹き抜けていった――――――――。
2007/10/24一部改訂 |