〜7.旅は道連れ・・・・?V〜








さくさくと足元に生えた草を踏みしめながら、意味も無くその場をくるくると歩き回るウォーリッヒ。
そんな彼の行動を、ゼルムは目を瞬かせながら不思議そうに見遣っていた。


「・・・・・・ウォール?」

「ん?・・・あぁ、ごめんね?忙しなく動いちゃって」

「いや・・・・・」

「・・・・・・東風か、嫌な風・・・・・・」

「?何か・・・?」


何か問題でもあるのか?というゼルムの問いに、ウォーリッヒは黙して頷いた。
彼の瑠璃色の瞳は、東の方角に向けられたまま動かない。


「精霊達の声が風に乗って聞こえてくる・・・・・・・あまり、良いことではなさそうだね。声はそんなに大きくない、けれど苦痛に満ちた声だ」

「カトルの森と?」

「さぁ?そこまでは・・・・けど、東の方角だからね。関係ないとは言い切れないよ」


常人に届くはずのない声は、しかし『耳』を持つウォーリッヒには届いていた。
風の精霊達の声ではない。相手に聞かせるつもりなどない、ただ漏らされ続ける悲鳴の声だ。
人間であるウォーリッヒが聞くことができる声だ、その声を運んでいる精霊達が聞こえないわけがない。
彼らの表情は皆一様に曇っている。
そんな彼らの表情を見て取れるのも、この場にはウォーリッヒしかいなかった。


「もし、この声の発生源がカトルの森だと仮定するなら、彼らを連れて行くのは得策じゃないね・・・・・・」

「・・・・依頼主達か?」

「そう。彼らの目的地はカトルの森だったよね?カトルの森で一体何をしたいのかその目的までは知らないけど、歓迎されないことは確かだよ。一度彼らと相談した方が・・・・・」

「冗談じゃないわよっ!!」


相談した方がいいという言葉は、しかしその場に響き渡った怒声に掻き消された。
はっとなってそちらの方へと視線を向けると、肩を怒らせて仁王立ちをしているカッツェと、困ったように眉の端を垂れ下げているロゼフの姿があった。


「私達はどうしてもカトルの森に行かないといけないの!その意志を翻すことは絶対にないわ!!」

「か、カッツェ・・・少しは彼らの言い分を聞いてみても・・・・・」

「下僕は黙ってなさい!!」

「ぎゃっ!?」


諌めるロゼフに躊躇無く蹴りを入れ、カッツェはつかつかとウォーリッヒ達に歩み寄る。


「ねぇ、どうしてカトルの森に行くことはいけないと思うの?」

「・・・僕達の話、どこから聞いてた?」

「どこからって・・・ほとんど最後よ。『カトルの森だと仮定するなら〜』ってところあたりからよ。・・・・・で?どうして??」

「・・・・聞こえていたと思うけど、そのまんまの意味だよ。『歓迎されない』・・・それがいけないと思う理由」


ウォーリッヒの返答に、カッツェな納得し難げに眉をきつく寄せた。
腕組みをし、苛立たしげにブーツの爪先でコツコツと地面を踏み鳴らす。
そして「わからないわ・・・・」とゆっくりと頭を振った。


「ウォーリッヒ。君の言っていること、私にはわからない・・・・。ウォーリッヒの言葉は矛盾しているわ。カトルの森だと仮定する・・・・これは推測の言葉よね?だというのにその後には歓迎されないと断定的な言葉を言う・・・・この違いは何?何を根拠として言っているの??」

「それは・・・新しく仕入れた情報から。僕はその仕入れた情報によってカッツェさんの言う、矛盾した発言をしている」


ウォーリッヒはその表情を変えることなく、カッツェの問いに答えた。
しかしその心内では彼女の思わぬ鋭い指摘に軽い驚愕を覚えていた。初めて会った時の彼女の周りを顧みない行動や発言に物事を考えてから動くタイプというよりは、考えるよりも先に行動するタイプだと思っていたのだが・・・・なかなかにしてこちらの予想を大きく裏切ってくれた。
こういったタイプの人もいるのだなぁ〜と内心面白げに思いながらも、ウォーリッヒは彼女の続く言葉にどういった言葉を返そうかと頭を働かせ始めた。


「新しく仕入れた情報?どうやって??それこそおかしいじゃないの!一緒に旅を始めてまだ一日と半日しか経ってないけど、ほとんどの時間一緒にいたのよ?確かに情報を仕入れる隙がなかったとは言わないわ。けど、それは街中であった場合の話・・・・・王都から出てここまでの道のり、ほとんど民家らしい民家はなかったわ。それこそ、旅人を泊めるための宿屋なんかはあったし泊まったけど、宿屋を出た朝の時点でウォーリッヒは何も言わなかったわ」

「そうだね。カッツェさんの言うとおりだよ」

「そしてその宿屋からここまで、寄り道らしい寄り道はしなかった。・・・つまりは朝から現時点までの間で新しい情報を仕入れる暇なんてなかった。違う?」

「ううん、違わない。ついさっき別々になるまではずっと一緒に行動してたしね。っていうかこんな一本道で別行動をとれるわけがないしね」


取り敢えず、ウォーリッヒはカッツェの言葉を肯定した。
別に否定する理由がないし、否定する意味もないからだ。


「そうよね・・・。それじゃあさっきの言葉に戻るわ。ウォーリッヒ、新しい情報なんてどうやって仕入れたの?」

「それは・・・・・・」


偽りの言葉を許さないと言わんばかりにひたりと真っ直ぐに見据えられたカッツェの眼差しに、ウォーリッヒは言葉を途切れさせた。
しかしそれは言葉に詰まり、返答に窮したからではない。その理由は・・・・・・

ウォーリッヒはふいにすっ・・・と己の腕を胸の高さにまで持ち上げた。
彼の唐突に行われたその不思議な行動に、その場にいた者達・・・いや、表情を変えないゼルムを除いた者達は訝しげに首を傾げた。
しかし、次の瞬間―――

ばさりっ!

視界一杯に白色が飛び込んできた。
・・・それは、一羽の白い毛並みをした鷲であった。


「え・・・・・わ、鷲??」

「そう、この子が教えてくれたんだ。この子は僕の使い魔だからね、色々情報を集めて教えてくれるんだ」


にっこりと笑みを浮かべ言葉を返してくるウォーリッヒに、カッツェはその言葉を飲み込み損ねて軽く混乱した。


「え?え?使い魔って・・・あの、魔法使いがよく使役する、使い魔のこと??」

「そう、その使い魔」

「えっ・・・・・ぇええぇえっっっ!?ま、魔法使いって!!」


しれっとした様子でとんでもないことを言い出すウォーリッヒに、カッツェは目を真ん丸にして驚きの表情を浮かべた。
混乱の中でもその答えに辿り着いた彼女の思考が、更にその驚きに拍車をかけた。


「ウォーリッヒ!」

「うん?何??」

「き、君・・・魔法使いだったの??!

「うん、そうだよ?」


酷く動揺した様子のカッツェを、ウォーリッヒは面白そうに眺める。

(うん、やっぱり人の意表を突くのって楽しいな♪)

企みごとが見事に成功したことに、ウォーリッヒは内心で会心の笑みを浮かべた。
彼の心内を図りとることができる者であったのなら、今の彼にコウモリの羽と先の尖った尻尾の幻影を見ることができただろう。


この予想外の真相発覚により、つい先程までこの辺り一帯を占めていた緊迫感及びシリアスな雰囲気はすべて消し飛んでしまったのであった・・・・・・・。


その後、ウォーリッヒが魔法使いであることを理由にカッツェの追及に関しては言いくるめることができた。
しかし、それでも尚カッツェ達は引くことはなく、結局カトルの森へ向けての旅は続行されることとなった。

そろそろ休憩も終わりにして旅を再開させるから支度をするようにと理由をつけてカッツェ達をその場から一旦外させたウォーリッヒは、「はふぅ・・・・」と疲れたような疲れていないようなどっちともつかない溜息を吐いた。
そんな主の様子を横目で見ていた白い鷲の使い魔――レジルは、カッツェ達が己の言葉が聞こえる範囲にいないことを確認すると徐に口を開いた。


「簡潔な状況説明をお願いします。主の許へと辿り着いたかと思えば見知らぬ者はいるし、かといえば上空に待機していた私に態々下りて来いと合図する。極めつけが先程の意味不明な会話・・・私がいつ貴方に情報提供を行いましたか?」

「いや〜、さっきは助かったよ。状況に合わせたアドリブ、ご苦労様♪実はさっきの彼女に風識(ふうし)で知った情報について、情報源を問いただされていてね・・・・流石に『耳』のことまで話すつもりはなかったから、丁度よくレジルがあの場に来てくれてよかったよ。肝心のべリアやアルヴァはたった今帰ってきたみたいだしね・・・・・」


そう言ってちらりとウォーリッヒが視線を投げ遣った先には、丁度周囲の散策から戻ってきた猫と犬の姿をした使い魔達の姿があった。
そんな彼らを見て、レジルは疲れたように息を吐いた。


「全く、使えない方達ですねぇ・・・。私がいたから良かったものも・・・・これからはもう少し己の言動に注意を払ってくださいね?主」

「うん、僕も彼女の鋭さには気を引き締めないとなぁ〜と思ったばかりだよ」

「それは上々」

「・・・・・・ウォール」


使い魔との会話が途切れるまで彼らの会話に口を挟まなかったゼルムが、静かに口を開いた。
彼がいる前でレジルは普通にウォーリッヒと会話を行っていたのだが、そこのところは問題ない。
何せ一年前まで共に仕事兼旅をしていたのだ、大体の事情は知っているのである。


「何?ゼルム??」

「いいのか・・・・?」


彼らを連れて行くのは・・・・と括弧書きで続く彼の言葉に、ウォーリッヒはやや諦めを含んだ表情で頷いて返した。


「まぁ、仕方ないでしょ。あちらさんはこっちの言葉を聞き入れるつもりはないみたいだし・・・・・何やら引くに引けない理由みたいなものもあるようだしね。あ、これはゼルムに言っておかないとね。・・・僕は余程のことがない限り彼らに手をかすつもりはないよ?彼らの行動は彼ら自身が責任を負うべきだ」

「あぁ、それは承知している」


ウォーリッヒは意外に厳しいことを言っているようではあるが、そこは理解と同意の上なので、ゼルムもあっさりと頷いて返した。
しかし、そんなゼルムにウォーリッヒはお茶目そうな表情を浮かべて言葉を続けた。


「・・・まぁ、君が護衛についているんだし?余程のことがない限り彼らの安全保障されるだろうから、そこのところの心配はしてないよ。でも、ゼルムとは浅くない付き合いだしね?僕の手が必要になる事態だって今回の件では可能性として多分にありそうだから、その時は手を貸してあげるよ」

「・・・・それは助かる」

「ま、今回は僕もシャンに頼まれた正式なお仕事だしね?お互い、持ちつ持たれつってことで・・・・・」

「そうだな。その時は、俺も力になろう・・・・」

「よろしくお願いしまーすっ!」


と、彼らの会話が途切れたところで、タイミングよく支度を終えたカッツェ達がやって来た。
そうして彼らは改めて旅路を歩み始めたのであった。




向かうは東。そこは精霊の住まう深き森―――――。








2008/2/13