開いた口が塞がらないとは正にこのことを言うのだろう。
衝撃的事実を知ったばかりのシーザーは、あらぬ方向を遠方視しながらそう思った。
「勝手に遠くの世界に意識を飛ばせるのは構わないけど、一先ず腰を落ち着けてからにしてよね」
「そうだぞ、ガヴェルト団長。そんな棒っ切れの如く突っ立ってるより、椅子に座って楽な姿勢で意識を飛ばした方がいいぞ?」
「ラディアス。意識を飛ばしていては、いつまで経っても状況を把握できないと思うよ?」
「ならばシャン、お前はいつまで経ってもこの廊下で突っ立ってても良いと言うのか?」
「それは御免被るよ」
「だろ?」
そういう問題ではないだろう?と言ってくるシャンに、ラディアスは”何言ってやがる”と、視線で訴える。
とにかく。ウォーリッヒ、シャン、ラディアスの三人は茫洋と半ば意識を飛ばしているシーザーを引きずって、庭園を見渡せるテラスに設置されたテーブルに腰を落ち着かせた。
「・・・・・・あ〜、まぁ、すまない。いきなり『神具』なんて言葉が出てきたから、衝撃のあまりに意識を飛ばしちまった」
「うわぁ・・・・以外にナイーブなんだね。見た目によらず」
「こんな見てくれでも案外繊細なんだよ。見た目によらず」
「よくこんなんで騎士団団長をやってられるよな。意外なことに」
「お前ら・・・・・(怒)」
もうボロクソに言われている。
からかいの意図が雑じった、楽しげな光を浮かべる三対の双眸がシーザーへと集まる。
歯に衣を着せない彼らの発言に、シーザーはこめかみに青筋を浮かべる。
「俺が衝撃を受けたのは『神具』を届けることがお遣い内容だったことじゃない。ウォーリッヒ、お前みたいなのが運んでたってことだ」
「むぅ!なんだよそれ、お前みたいなのがって!!僕が子供だからっていいたいの?」
シーザーの言葉に、ウォーリッヒは不機嫌そうに顔を顰める。
そんなウォーリッヒをラディアスは宥め、至極真面目な視線をシーザーに寄越す。
「シーザー。これは確かに見た目幼いが、魔法使いとしての腕は確かだ。神具をこいつが運ぶことは案外妥当だと言える」
「これって・・・・・僕は物じゃないんだけど?ラディ」
「気にするな」
「いや、気にするから普通」
せっかく真面目な話も、二人の遣り取りが雑じると如何にも軽い内容に聞こえて仕方ない。
「一つ質問していいかい?シーザー。君はウォーリッヒの階級とかどこの魔法学校に行ってたのかとか、ちゃんと理解できているのかい?」
「あ?いや、階級は聞いてないが・・・・・ラディアスと同じ魔法学校って言えば”魔術師の塔”なんだろ?」
確認するかのように問いかけてくるシャンに、シーザーはわかっている範囲のみ答えた。
ラディアスはそれに頷いて補足を付け足す。
「そうだ。ガヴェルト団長だって一端に魔法が使えるからわかるだろう?”魔術師の塔”の教育水準はどこの魔法学校よりも高いって。そんなハイレベルな学校で十代で卒業できる奴なんて稀。というかほとんどいない。そんな学校で俺と同じく十代で卒業してるんだぜ?腕が悪いわけないだろーが」
「ラディ、さり気無く自分のことも自慢してない?」
「単なる事実だろうが。あんな無茶苦茶にハイレベルな学校で一回も試験に落ちることなく、ストレートで合格できる奴がいればとっくに俺たちの仲間入りだろ?」
「まぁね」
ハイレベル、ハイレベルと言いつつも、ちゃっかり飛び級で卒業している彼らはどんな角度から見ても異常だろう。
天才の中の天才。
彼らがそう言われるのは無理ないことである。
「えーと、シーザー団長には言い忘れてたね。僕は一応階級では上級魔道士だから」
「はぁ〜、上級魔道士ね・・・・・。なんかもう何聞いても驚きが沸いてこないな」
「は?上級魔道士??待てウォール。お前、なんでまだ上級魔道士なんだ???」
「「まだ上級魔道士?」」
ラディアスの言葉に、シーザーとシャンが首を捻る。
事情を知っているシャンでも、知らないことはあるらしい。
「そうなんだよ、何でなんだウォール?この前の連絡ではヒューイ様の穴埋めの為に上で指揮をとってるって聞いてたんだけど?」
「あぁ、あのこと?それだったら、ヒューイ様はちゃんと復帰してくれたから僕はお役目御免になったの」
「は?蹴ったのか??あの地位を」
意味深な会話をするウォーリッヒとラディアス。
シャンとシーザーは話が見えず、頭上に疑問符を飛ばす。
「だーかーらー!僕は代役で仮務めしてたの!!正式に賜ったわけじゃないんだから、然るべく人がいるならその人に返すのが当たり前でしょう?」
「とかなんとか言って、無理矢理辞退してきたな?結構前から打診が来てたって聞いてるぞ?」
「ん〜?誰かな?そんなお喋りな奴は」
にっこりと笑みを湛えつつ、『吐けよこらぁ!』と背後に背負っているオーラが無言で圧してくる。
そんなオーラを向けられているラディアスは、至極鬱陶しげに顔を顰めてどうでも良さ気に答えた。
「知るか。だが、割と噂になってたようだぞ?最年少記録を大幅に上回るってな」
「んもぅ!僕はやらないって明確に宣言したのに・・・・・どこのどいつだよ、根も葉もないことを吹聴してる奴は」
「いや、根も葉もしっかりあるだろーが;;」
主語の抜けた会話は続けられる。
いい加減、痺れを切らしたシャンが二人の間に割って入る。
「はい、はい。二人で言い争うのもいいけど、もう少し私達にもわかるように話してはくれないかい?先ほどから内容が掴めずに疑問符ばかりが浮かんでねぇ・・・・」
「そうだぞ。俺らにもきちんとわかるような内容で話せ。でないと、この話を読んでくれている読者の人達も理解できないぞ?」
「・・・・・一体何の話を言ってるの?シーザー」
「まぁ、深くはつっこむな。軽く流しとけ」
きょとんとした表情で首を傾げるウォーリッヒに、シーザーはさらっと話を流す。
それよりもさっさと説明しろと、その視線で促す。
いまいち納得できないが、ウォーリッヒはそれ以上の追求は止めにすることにした。
「ん〜、何て言えばいいのかな?老い先短いご老人が体調を崩しちゃってね・・・・・。他に頼れる人がいないからって泣き付かれて、そのご老人の仕事の肩代わりをさせられてたっていう話なわけ」
「―――それをどう理解すれば、さっきのような会話になるんだ?」
「はぁ〜。だからな、ウォール。そんな大雑把な説明ではわからんと言っているだろうが・・・・・・」
「え〜?意味合的には間違ってないと思うんだけど??」
「意味合的にはな」
また話が脱線してしまった。
「・・・・・ウォール、ラディアス。いい加減にしないと、怒るよ?」
いい加減に堪忍袋の緒が切れたのか、シャンがにっこりと笑みを浮かべつつ背後に黒いオーラを纏っていた。
シーザーはそんなシャンから数歩だけ距離をとっている。
「今から話すから、そうキレるなよ」
「私も是非是非そうしたいんだけどね・・・・・・いつまで経っても話が進展しないから、つい」
「ついってなぁ・・・・まぁいい。さっきのウォールの言っていたことをわかり易く説明すると、体調を崩して一時期的に職務から離れることになった五大聖者のヒューイ様っていう人がいたんだがな。その人の穴埋めで五大聖者やってたんだよ、こいつ・・・・・」
だから”まだ”上級魔道士なのか?とウォーリッヒに質問したのである。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「「はい?何ですとっ?!!」」
とうとう老化現象が始まったのか?!いや、自分はまだ二十代前後だぞ?!
聞き間違いだったのかと、シャンとシーザーは共に耳をトントンと叩いたり、頭を振っていたりする。
「大丈夫だよ、二人とも。聞き間違いじゃないから」
あぁ、現実って厳しい・・・・・・。
二人の儚い願望は、ウォーリッヒの無邪気な笑顔と共に打ち砕かれた。
「―――って、いくら天才児だとはいえ、上級魔道士が五大聖者の肩代わりしていいのかよ!大魔道士はどうしたっ!大魔道士は!!?」
「ん?あぁ・・・・お前らは知らないか。こいつ、実際の実力は大魔道士飛んで五大聖者並だから」
「「は?!」」
シーザーの疑問にラディアスが何てことはないと、とんでもない事をさらりと言った。
「こいつ、上級魔道士以上の地位には就こうとしなくってな・・・・・もし、無理矢理その地位に就けさせようものなら、上級魔道士の階級も返還して出て行ってやると脅迫紛いのことを言ったらしい。それで上は泣く泣く今の階級に留まっていてもらっていると」
「は?普通逆だろ?高い地位を求めて当然だと思うんだが・・・・・・」
普通の人間はより高い地位、権利を求める。
しかしウォーリッヒは、そんなものはいらないと言う。
このあたりを見ただけでも、彼は変わっていると言えるだろう。
「んな重っ苦しい階級なんか貰っちゃったら、後は一生”魔術師の塔”に縛り付けられちゃうって!そんなことになったら、あちこち見て回ることができないじゃないか!!あーいうのは体力の落ちてきた、おっさん達にやらせるべき職業なのっ!!!」
「体力の落ちてきたおっさん達にって・・・・・もう少しましな言い方はないのかよ?」
「あ〜、でも納得だねぇ。ウォールだったら机に縛り付けられることより、諸国漫遊の旅の方が絶対に好みそうだしね。確かにそういうあまり動くことがなさそうな地位は、足腰の弱った人達の方がお勧めだね」
「うん、うん。わかってくれた?シャン」
納得顔で同意を示すシャンに、ウォーリッヒはわかってくれたかと嬉しそうに笑う。
言ってることはかなり酷いのだが・・・・・・。
「お前のその放浪癖に、上の人達はいつも泣かされてるんだろーな・・・・・」
「ふっ、でもその代わり僕はあちらさんのお願いは脚力聞き届けないといけないことになってるからね・・・・ギブ・アンド・テイクだよ」
「ということは、このお遣いもギブ・アンド・テイクの延長なのかな?」
「当然。だって『神具』は基本的に大魔道士以上の者でなければ、”神具継承の儀”はやることができないからねぇ」
『神具継承の儀』。
英雄の血を受け継ぐ者に神具を継承させるための儀式。
神具を継承するためには、その神具から主として認めて貰わなければならない。
継承者のいない神具は”魔術師の塔”に厳重に保管され、次の継承者たる人物が現れたらその者に継承させるという仕組みになっている。
「なんで大魔道士以上じゃないといけないんだ?」
「ん〜、しいて挙げるなら安全保持のためかな?如何なる外敵からも神具は守り通さなければならない。だから大抵の人が手を出そうとしても敵わない大魔道士以上の人が妥当なんじゃない?」
「なんだそのいい加減な説明は・・・・」
「確固とした理由がないんだよ。昔からの慣わしみたいなものだしね」
「そんなものか?」
「そんなものだよ」
ウォーリッヒの言葉に、シーザーは呆れたような眼をする。
「―――で?いつ”継承の儀”をするんだ?」
肝心なことを聞いておかねばと、ラディアスはウォーリッヒに問いかける。
「ん〜、僕はいつでも構わないんだけどね。シャンはいつがいい?」
「私か?私もいつでも構わないぞ?」
「じゃあ今からやる?こういうのはさっさと終わらせるに限るしね」
ウォーリッヒはそう言うと、早速と言わんばかりに椅子から立ち上がった。
シャンもそれにならって立ち上がる。
「場所はどうする?ここで大丈夫なのかい?」
「ん。特には問題ないよ。儀式に必要なのは『神具』と『継承者』、そして『仲介者』だからね」
『仲介者』。
文字通り神具と継承者の間を仲介する者のこと。
この場合はウォーリッヒのように、儀式を執り行う魔法使いのことを指す。
「では、始めよ――――」
「待て」
始めようかと言おうとしたシャンの言葉を、別の声が遮る。
その声はウォーリッヒの声でも、シーザーの声でも、ラディアスの声でもなかった。
この場には彼ら四人以外には誰もいないはずである。
四人の視線は声の出所―――ウォーリッヒの背後の方へ向かう。
そこに立っていたのは赤銅色の髪に琥珀色の瞳をした青年。
そう、ルートスであった―――――――。
2006/7/2 |